ignea イグネアの最近のブログ記事

【「海が時化始めていた」田中星二郎】
「ギンズバーグにもらった自転車で橋を渡った。」の一文で始まる短編。舞台は外国だと思って読み始めたが、日本だった。関西弁と細部にちりばめられた描写が独特の雰囲気を醸していて、やはり日本ではないような空気感がある。人が人を好きになることの不条理が哀しくて、心に残った。

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「ignea イグネア」2010年3月1日(東大阪市)

「Individual Rocket」真銅孝
 人物の名前がアナグマ、ホワイトチップ、地球儀、ダミー、そして名前を付与されていない少年。
 そしてこの作品を貫いているのは、もちろん、アナグマが製造しているらしいロケット。東大阪のロケット「まいど1号」を想起しないでもないが、それはまあどうでもいい。ここに描かれているのはそういうリアルな現実ではない。これは明らかに、「虚構」と呼ばれるもうひとつの現実のなかの出来事なのだ。
 むしろ私はボリス・ヴィアンの「赤い草」を想起した。主人公のウルフはロケットならぬ「記憶消滅機械」を製作しようとしている。ウルフを取り巻く人物は、彼の妻リールと、技師サファイア青金(ラズーリ)、そして四月ばか。
 どちらもミョウチクリンな名前の人物たちであるが、どこか日本の方が憎めないキャラクターであり、記憶に残ります。
 アナグマが製作しているロケットも、ウルフが製作している記憶消滅機械も実にノンセンスというか、はるかにリアリズムを逸脱している。語り手である私=ダミーはともかく、ホワイトチップも地球儀も、少年もリアリズム世界からは思いっきり逸脱している。存在として関節がはずれている。世界も関節がはずれている。ロケット発射を期待して何だか解らないが人間が集まっている会場も関節がはずれている。
 結末もみごとにノンセンスで関節がはずれたまま終わっている。この作品に何か意味を求めようとしても無駄である。日本には珍しいノンセンス小説だと思います。


「コンサートに行く」 光野公彦
 B6版一段組み7頁のこの短編、あまり客観的な感想を書けそうもなく困っている。それというのも、実は、ワーグナーやベートーベンが大好きという女性に誘われて行ったコンサートで、私自身が若い頃にあまりにそっくりなコンサート経験をしているのです。
 音楽というのは結局はプラトン的であるよりディオニュソス的であり、理性より情動に訴求してくるものですから仕方ないといえば仕方ないのですが、その情動の胡散臭さは否定できません。
 この作品を読みながら、フリオ・コルタサルの「バッカスの巫女たち」(『遊戯の終り』木村榮一訳・ラテンアメリカ文学叢書・国書刊行会・1977年、所収)を思い出していました。
 無論、題名からして古代ギリシア悲劇詩人・エウリピデスの傑作「バッコスの信女たち」を強く意識した小説であることに間違いはありません。やはり音楽に酔えない人間の視点から音楽に酔える人間が描かれているのです。
 もっと素直に音楽を享受できたら幸せなのでしょうが、この「コンサートに行く」という短編は、素直に音楽を享受できない人間が描き出された小説で、しかも妙な言い方で申し訳ありませんが、後半の88ページから91ページまでの文章が散文でありつつ詩的なのがとてもよかった。
 小説は散文なのだから詩的である必要はないという意見もあるでしょうが、私は小説もまた詩的であるべきだという考えです。

 


「水を買いに行く」 岩代明子

 この作品の冒頭。

 眠れなくなって初めて、夜は夜で、昼と同じだけの時間があるのだと知った。
 兄の部屋に引っ越して、二週間が経っていた。その夜も私は眠れないまま、じっと暗闇を見つめていた。

 一行目が実に印象的な書き出しで読者を引き込んでしまう。その次の「兄の部屋に引っ越して」で「私」の置かれた状況の伏線が張られている。
 ただし、それからすぐには小説は展開しない。眠れない私の時間や空間が次の頁の終わりまで丁寧に描かれている。
 小説というものが微細なディテールをまとった人間学であるとするならば、小説の生成は必然的にリアリズムに則ったものになるだろうし、一から十までをきちんと書くのも当然となる。私のように十のうちの一か二くらいを書いてすまそうという横着者の目には、岩代さんが本当に丁寧に書き込まれているのが判る。徹頭徹尾、「私」と同じ視点まで降りて書かれた小説で、主人公の一挙手一投足、一言半句すべてを描写し尽くさずにはいられない物書きの覚悟のようなものを感じました。
 私と兄との間の、言葉少ないながらも微細なやりとりの描写が自然で、読む者のなかにすーっと入ってきます。結末のキャッチボールの場面では、兄と妹が抱える大きな空虚のようなものが感じられてとてもよかった。
 眉に唾をつけずに安心して読める小説。
 こういう世界をきちんと肯定して生きていかなければらないのだなと思わされ、とても真摯でまっすぐ投げられた直球の小説を読ませていただいたと思いました。岩代さん、この書き方で自信を持ってもっと前へ進んで下さい。

(相変わらず要領を得ない、訳の解らない感想で申し訳ありません。誰に伝わらなくてもいい、作者だけには通じますように)

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