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「アピ」8号(笠間市)

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2018年1月 6日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

   本誌の発行拠点である茨城県は、わたしの母の郷里でもあり、愛着を感じる。とくに今号の田中修「旧水戸街道120キロを歩く」は、その道筋に思い当ることが多く。感慨深かった。近年でも、我孫子の手賀沼には足を運んでいる。
【「一つ目橋物語・其の一『踝』」西田信弘】
  時代小説である。大工の竹造は仕事が終わると、隅田川岸辺のつたやという小料理屋で、白い美しい踝の女を見染める。竹造がその女と懇意に接触し、恋と人情の話に展開する。私は時代小説は読まない方だが、この作品は視覚的な要素に注力した文章が見事なので、読み通してしまった。かなりの経験と修練に優れた、小説の小説らしさを示した筆使いに注目した。
【「生命の森」さら みずえ】
 一家族の日常の現在が、親の介護あり、仕事あり、親子関係あり、それをめぐる夫婦の関係が描かれ、主人公は主婦の多江で、ある意味で家庭の日常をいかに平穏に維持するかということへの努力を描く。小説的でありながら、生活日誌的で不思議な作品と感じた。それが末尾の「おことわり」に「この物語の時代背景は、1980年です。従って、看護師、付添い婦といった名称は当時のままであることを御理解下さい」とある。なんと、約40年前のほとんど実話なのだ。その内容は、高齢化社会の進み方と、現在の普通の家庭に比べ、巧みにソフトランディングして家庭のまとまりということに破綻がない時代であったことを、強く認識させてくれた。
 発行所=〒309?1772茨城県笠間市平町1884?190、田中方、「文芸を愛する会」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

カテゴリー:アピ

2016年12月14日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「鬼草紙」西田信博】
 仏教説話にある人間世界の彼方、天界の入り口にある須弥山を舞台に罪と罰をめぐって、人間と鬼が天界と人間界の双方をかけめぐる話。最近同人誌で読んだ作品の中で、題材と文体の工夫に優れて実に面白い。「今は、昔のことである。仁和寺当たりの僧に、如真と云うは、いわゆる悪僧だった」という出だし文のおおらかさに示されるように、古文のリズムと話のスケールの大きさで、気持ち良く読み進められる。人間の善悪と仏教思想の啓蒙にも意義がある異色作である。
【「アクリルたわし」田中修】
 東電福島第一原発から5年。作者の義兄は、相馬市の原発から北西約10キロ離れた場所にある。3.11の大震災には、新築間もなかった家が山沿いにあったため、屋根瓦がこわれた以外に大きな被害はなかったという。しかし、原発事故のため自治体からの避難指示がないものの、親戚の家を転々として避難生活を送った。福島市内の親戚の家を避難に場所に申請し、食料品の配給を受けていた。義兄の母は、当時93歳でつらい避難生活を余儀なくされた。
 作者の家は、茨木県笠間にあるが、避難場所の団地生活からの気分転換に二カ月に1回こちらに来て、気分転換をはかっていたという。そんな母が、アクリルたわしを手作りしたところ、関係先々で評判になったという話である。原発が事故を起こすと、さまざまな不幸を人々にもたらす、その多様性を感じさせる。
 ここで、自分が注目したのは、次のとことである。「母には一男四女がいた。私の妻が四女である。次女と三女は、大震災の数年間前、ほぼ同じ頃に治療困難な癌と診断され、同じ年に亡くなったのである。次女は63歳、三女は57歳の若さであった。」という事実である。
 じつは、事故を起こさなくても原発は常時トリチウムという放射線を放出している。身体に害があるが、無害のところまで薄めることで、海などに放出されている。しかし、日本各地のほか、ドイツの原発所在地では、事故がないにもかかわらず癌患者が多く出ていることを、住民たちが肌感覚で知っている。現在、ロシアでも高額の予算を組んで原発からのトリチウム除去装置を開発、日本に売り込みをかけているというニュースもある。
 福島県に被災者支援、福島県に頻繁に通っていた家族やボランテアの幾人かが、癌と診断されたという話も都市伝説的に流れている。いずれにしても、精神的に福島の影響かと疑惑に悩まされるような要因は、なくしたいものだ。
 発行所=〒309?1722茨城県笠間市平町1884?190、田中方「文学を愛する会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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「アピ」2015年6号(茨城県)

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文芸同人誌付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「思い出づくり」友修二】
 瀬戸内海の近くに住む山田亮は、妻と子どもと円満な家庭をもっている。仕事は自治体に情報機器を納入する営業をしている。会社では、やり手の同僚がいて、彼に対抗できず、あまりぱっとしない存在である。ちょっとしたことで、評価が上がったり落ちたりする。山田はお役所との立ち回り下手で、ある。ライバルの社員は自腹を切って役人にお歳暮などを送っているという。
 そんな同僚たちの出世意欲とは別に、山田は釣りを趣味にしている。そこに役人の広野という釣り好きの男がいて、職場の規則で禁止されている釣りボート遊びに山田が便宜をはかってやる。そのとき、ひろみという若い女性が同行することになり、心を浮き立たせるが、結局、芯が真面目な山田は浮気をしないで、何事もなくほのかな恋心を終わらす。そして(出世、肩書き、お世辞、嘘......)をどれだけ捨てられるかわからないが、それを捨てた分だけ家族との大切な思い出が蓄えられていくのだーーと、考える。
 毎日のサラリーマン生活の中で、小さな世界でおだやかに暮らすことが、幸福の原点であるという思想が、読みやすい私小説的手法のなかに盛り込まれている。文学的には古典的で平凡だが、同人誌作品ならではの癒しの創作になっている。
【特別寄稿エッセイ「いつかえる緑花咲くふるさとへ(小高区へ)」吉岡千善】
 3・11の東日本大震災と原発事故で、避難した福島県の牧畜業の話である。ほとんどの牛は殺処分され、何頭かは逃げ延びて野生かしたのであろうか。なかに「これからの私達は放射能との生活に覚悟をしなければならない。今のおれは大学の研究牛を管理しながら牛との触れ合いもあり、日々そんなことに感謝している」とある。そして先の見えないなかで、行政のつくる未来に期待するしかないと語る。末尾に(本作品は、被災牛と歩んだ700日―東日本大震災におけるー畜産の農家の苦悩―特定非営利活動法人懸の森みどりファーム発行より転載したものです)とある。このような社会的テーマ性を持った地域誌であるのが、本誌の特徴であろう。
発行所=〒309?1722茨城県笠間市平町1884?190、田中方。文学を愛する会。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2014年12月10日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌には東日本大震災で、福島県から笠間市に避難生活をしている人たちが参加している。詩作品「我が郷は荒野なり」の小澤英治氏(66)は、人も家も思い出もすべてを奪いその記憶は消えることがないーー詩。これを南相馬市鹿島区仮設住宅での生活中につくり、南相馬「みんなのコンサート曲」?心の内側?作詞:南相馬仮設住宅のみなさん、作曲ピアノ歌:赤松泰子)に収録されているという。福島県民の境遇は、次々と移ろいゆく出来事のなかに日々埋没してしまい、まるで普通のやむを得えない災害のごとく風化してゆく。これでよいのだろうか、と疑問を感じる。
【「桑の実の熟れる頃」さら みずえ】
 敗戦後、兵役を解かれて帰郷した兵士は、村の少女に性欲を高ぶらせて襲ってしまうが、村長の娘ということ知って、我にかえる。さらにその兵士は死んだことになっていて、婚約者は兄の嫁になっている。話の基本は戦前から続いた農家の家族制度に縛られた人間の姿である。昔はよくある話だが、現代人とって、戦争が人間をどう変えてしまうものか、想像が出来ずにいるようだ。実際想像ののしようがないのであるが、過去のこのような話によって手がかりとしたいものだ。。
【「回想の北岳」宇高光男】
 山岳登攀記録と思って読み始めたところ、小説でそれも相当長い。山好きな人のロマンと女性へのロマンを重ねて描いている。これも一つの趣向である、なかなか難しいところ根気よく挑戦している。小説書きより山のぼりの方が好きという風に読めた。
【「思い出すこと『霞町界隈編』」飛田俊介】
 浅田次郎の小説に「霞町物語」というものがあるそうで、その当時作者が、赤坂・六本木界隈の「アマンド」洋菓子店に勤めていたという。当時は、溜池や赤坂の周辺には、レコード会社があって歌手や芸能人が多く姿を見せていた。赤坂のアマンドはだいぶ頑張っていたようだが、いつのまにか見なくなった。六本木にはまだ店があって、そこの店長に会ったという。とりとめのない話だが、文芸味がある。
【「『たんぽぽ』旅行会」田中修】
 保母さんの育成専門学校の卒業生が配偶者をつれて恒例の旅行をしている。今回は北海道を旅行をレポートしている。レポートの書き方に、作者の社交的人柄がにじみでている。本誌の幅広い読者の支援を得る要因でもあろう。
発行所=309?1722茨木県笠間市平町1884?190、田中方。文学を愛する会。
紹介者「詩人回廊」発行人・伊藤昭一。

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2012年3月25日 (日)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「末期がん」篠垤(しのづか)潔】
 がんの余命と医師の宣告について、医師が病状観測を患者に告げなかったので、患者が死期を知らずに過ごしたことについての裁判があったことの話から始まる。
 筆者は、1944年に広島で生まれ、広島原爆零歳被爆者で、現在、広島原爆特別養護ホームに入園している。その境遇からのレポートである。
 それによると、筆者は、
「1996年(平成8年)に肺がんの告知を受け、治療法を求め5つの病院で診察を受けた。重度の心臓機能障害があり、初期がんだが、外科治療法をはじめまったく治療法がないとされる。
 さらに肺がんでも治療方法の異なる小細胞がんか、非小細胞かの確定診断に必要な気管肢内視鏡検査や針細胞診断もできないという。仮に可能とする治療法があったとしても何も出来ないのだ。
 幸い私の肺がんは肺内転移だけで、がん細胞の石灰化による壊死が一部認められ告知から15年が経つ。
 医学でいう5年生存率の観点からすれば治癒したと見なされる。しかし、私の肺がんは白血球が1万を超え、肺内転移の範囲は広く末期がんに近い病状になってきた」とし、
さらに「零歳被曝者の私にとってがんの発症は原爆放射線後障害の疑いは拭えない」という感想を記す。
 このような境遇からの表現の場というのは、日本の同人雑誌ならではの役割りを示している。とくに零歳児で放射能被曝をしたという点が、現在の福島第一原発事故以来、関心を呼んでいる放射能被害についての貴重な記録に思える。篠垤(しのづか)さんは、肺がんが原爆放射能の影響と考えているらしいが、その前の重度の心臓機能障害がすでに放射能の影響なのではないか、という推測が可能なような気がする。
発行所=309?1722茨城県笠間市平町1884?190、文学を愛する会。
 《参考》なお、放射能被曝の人体への影響については、少量なら良い影響があるというラッキー博士の研究<   玉川温泉のがん患者と「ホルミシス効果」の関係>や、それが重大な悪影響があるという<バンダジェフスキー博士の警告>研究がある。

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