クレーンの最近のブログ記事

「クレーン」38号(前橋市)

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2017年1月 5日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 【「ライン作業者」和田信一郎】
 わずか7頁と短いが引き締まった掌編に成っている。ヨーグルト容器を作る現場の記録風の描写が続く中に、作業員たちの会話を織り交ぜている。生産点の日常を覚めた筆で実写する事で訴える文章である。外国人労働者が、ごく普通に就労する単純労働の現場。作者は淡々と事実を提示するが無機質な痛みが伝わって来る。
 日本資本主義の底辺を支える労働者群。その内実を表現する事の意味を読み取れるか戸惑いながら鑑賞した。 井上光晴の薫陶を守る和田さんの真価を見定めようと三度も読み直した。       
発行所=〒371?0035前橋市岩神町3?15?10、「前橋文学伝習所」わだしんいちろう方。
紹介者=外狩雅巳(町田文芸交流会事務局)

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<2013年 3月17日(日)付、「文芸同人誌案内」掲示板より転載・投稿者:和田伸一郎>

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「銭」   もろひろし
 はじめに夢が登場する。この夢に出てくる男を主人公文雄は、斜め上方の視点から追う。文雄の分身であるはずの男なのだが、そこにはある距離間があり、男に対しての感想が挟まれる。しかし、この主人公「文雄」と作者の間にはほとんど距離間が感じられない。
 したがって読者は、文雄が夢の男を見ているような位置から文雄を見ることになる。文雄は電子部品の町工場の経営者で、社員ひとりひとりの家庭の事情をよく知る立場にあり、会社とは運命共同体の大家族みたいなものだと考えている。
 文雄は仕事が激減した新しい現実にうまく対応することができず、その現実を認めるよりそれをもたらした親会社を恨み、裏切られたと感じる。これは、下請け制度というある程度自律的な内閉的空間を作り出してきた日本の企業社会が、アメリカからやってきたグローバル化という大波に移行しようとしていたことによる。
 この変化は文雄にとって、許容できないことだった。下請け制度自体が親子関係を象徴するような構造と秩序を要請され、「親」に逆らうことは御法度だった。文雄にとっては、いきなり親に荒野に連れ出され、あとは一人でやっていきなさいという、アメリカ型親子関係を押し付けられたようなものだ。文雄は、荒野に出て孤独とたたかいながら決断していくビジネス界の経営者のようにはわりきれず、きわめて日本的情緒に流されてしまう家長的存在として描かれている。
 妻のたか子は、社内においてもパートナーだが、文雄にとっては「母」に哀訴する子どもとそれを拒む「母」というかくされた関係が存在することが読みとれる。文雄には、「母」の胸に顔を埋めて乳房をもてあそんでいたい衝動が見え隠れしている。その「母」は、実は親企業でもあるのだ。下請け制度という擬似親子関係を機軸とした日本的な企業社会崩壊のドラマは、親が生き延びるために子どもを騙して家から追出してしまうという、グリム童話の寒々とした世界を連想させる。

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「クレーン」32号(群馬県)

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2011年 1月23日(日)付、「文芸同人誌案内」http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm掲示板より転載いたします。

「クレーン」和田伸一郎氏投稿
【「2010年のホノルル」田中伸一】
 ハワイ出身の日系三世を妻にもつ主人公。妻とその親族の目を通したハワイと、私たち多くの日本人の持つハワイ観とのズレがこの作品に息吹を与えている。ハワイの歴史についての解説的な部分も、それほどわざとらしくなく、入ってくる。
 太平洋戦争開戦時における真珠湾攻撃、戦後は、観光資源、それにミュージックやダンスとしてのハワイアンぐらいしか知らなかった私はその苦難の歴史に啓蒙された。
 もうひとつのテーマである親の介護の問題。制度としてのアメリカの介護と日本との違い、どちらも共通する家族の負担。それらがごく自然に語られている。
 どこの国でもあるにちがいない介護の問題を、国際的な視点でとらえてみるというのも意義のあることのようにおもえた。

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「クレーン」31号(前橋市)

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【「こんな私です」わだしんいちろう】
表題は癌、肺炎、心筋梗塞に加えて精神t科の治療も受けている妻が、主人公である夫に告げたひと言。冒頭の妻の描写に引き込まれたし、女医との遣り取りも実感がある。病院を出た主人公は付き合っている女性のマンションへ。それからインタビュー相手の男のマンションへ。仕事を思えて自宅に帰り高校生の息子と食事という1日が語られている。それぞれの場面は興味深く描写も説得力あるのだが、各おの独立した短編を読んでいるようだった。通奏低音のようなつながったイメージを感じ取ることができなかった。当方が理解できないだけで、作者はこの「つながらなさ」を描きたかったのだろうか。

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