科野作家の最近のブログ記事

 2009年11月発行の同人誌「科野作家」(23号)には10編の作品が載っている。1作品、小沢正男の評論【或る一つの「行人」試論】を除いて、私は漱石が苦手で「行人」は読んでないので、ほかの9作品は、それぞれ印象深く読んだ。
 由比圭司『鏡の中の風景』。昨年は「1968年」の本がなぜか多数出た『村上春樹と小坂修平の1968年』、鹿島茂の『吉本隆明1968」、小熊英二『1968』上・下巻。由比圭司の作品の中にも東大安田講堂の攻防戦で最後まで安田砦に立てこもった今井 澄の物語りも織り込まれている。私はいま、昨年末亡くなった同人誌「三文評論」を主宰した岩崎重夫さんの思い出を1960年がらみで調べているが、そんな心境で読んだので、『鏡の中の世界』は印象深く読んだ。
 島田震作『水面(みなも)まで』も心に沁みる作品だった。〈科学忍者隊ガッチャマン〉遊びを仲間としているうちに、池に嵌って水死してしまう友達の妹の30数年前の出来事の忘れられない記憶。『水面まで』の感想は、時間をかけて考えてみたい。
 島田悦子の『献体の遺骨帰る』。末尾にある解剖した学生の感想文『いよいよご遺体と別れる最後の授業の折、銘銘が世話になったご遺体に花束を供えた。僕はそのなかに三本の煙草を入れておいた。肺が真っ黒で煙草が大好きそうだったから------』 肺の黒さも生きた証なのだ。
 一瀬 琢『白金台に雲流れ』 登場拒否児童が、幾多の困難を乗り越えて明治学園大学を卒業するまでの感動のドラマ。
 小畠喜代子『記憶の足跡』 臨床美術士(ボランティア)という聞きなれない仕事について掻いている。「薄れゆく記憶」の中にいる私にとっても、身につまされる作品である。
 澤 草子『小春日和』 「薄れゆく記憶」と家族。亡くなった我がははのことを思い出しながら読んだ。
 気賀沢清司『アイーダ』 デリヘルの世界で働き生きている、女と男たちの生き様を、身近な世界として描いている。

                  転載・原文は金児至誠堂

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科野作家23号・「水面(みなも)まで」島田震作

 水底から見上げる光のなかの一つの影、そいつが左右に揺れながら私の方へ落ちてくる。木の葉か? 否、そうではない、あれは皿だ。見込みにはどんな絵柄が描かれているか。目の前まで落ちてきて、そいつはくるりと表を見せた。皿に描かれていたのは花でもない、鳥でもない、山水でもない。手のひらで受けて、水のレンズ越しに浮き上がるものをよくよく見れば、それは一人の幼女の顔。いつか見た劉生の麗子のようでもあり、自分の娘の幼い日の顔のようでもあり、他の誰かのようでもある。知っていて知らない顔。こんな皿のなかに染め付けられてしまってかわいそうに、上へあがって自由になりたいだろうねえ、と湧いた感情のまま語りかければ、幼女の両目も瞬きほどはできるようだ。私は皿を胸に抱えると、力いっぱい水底を蹴った。どこまで上がれるのやら、水面まで到達できればいいのだが、足先が藻にでも絡まっているかのようで思うように進まない。そうして途中で息が続かずに苦しくなった。

 目覚めて残る夢の重みは好いものとはいえない。味わえば味わうほど遠い記憶のなかの一点を擦った。幼子一人すら助けることができないような、そんなもどかしい夢を見たというのも、一昨日駅前にある百貨店の地下の食品売場で、U君に似た人を見かけたからか。魚が並べられた、水族館を想像させもする硝子ケースの前にいた時、U君に似た人とすれ違った。その人は奥さんらしき人と小学生ぐらいの女の子を連れていて、ほどなくレジの方へ消えていったが、何分記憶にあるU君の顔というのは、三十年以上も前の小学生時代のものである。自分と同じぐらいの四十がらみの男が記憶のなかのU君に似ているからといって、本人である確率は低いだろう。第一彼はあの車があってからはどなくして別の小学校に転校し、さらにその後彼の家は名古屋だかに移っていったのだから、この町にいるというのもちょっと変だ。あの人はまず、U君ではないだろう。とにかく本人であろうがなかろうが、U君に関する記憶は鮮やかに呼び覚まされて、そのなかのある一日が、私の心裏を突き始めてもいた。

 少し長いが、この作品を単なる過去を描いただけの短編に終わらせないすぐれた描写があるので、書き出しのほぼ1頁分をそっくり引用した。
 最初の段落は夢の描写である。次の段落は、夢から覚めた主人公が、昨日、小学生時代の友人だったU君に似た人物を駅前百貨店で見たことを思い出す。
 それから、主人公がU君たちとテレビで放映されていた番組をまねてガッチャマンごっこをしていたことなどが語られるのだが、ある日、留守の母に代わって妹を子守していたU君を庭先でガッチャマンごっこに誘い、夢中になって遊んでいる間に妹が居なくなる。妹が出て行く姿を主人公は見てたのだったが遊びに夢中で黙っていた。
 U君の母親が帰宅して妹がいないことが判り、U君の妹は近くのK館という温泉保養施設の前庭にある池に落ちて溺死していた。
 主人公は留守を守っていたU君を無理やり遊びに引き込み、さらに妹が庭から出てゆくのを目撃しながら今日までずっと黙って来た。そのことへの呵責がずっと主人公の心の中に生きていて、冒頭の水中の夢の描写となった。
 二段組8頁の短編だが、書き出しの段落の美しい描写に魅かれて一気に読んだ。
                                  (文芸誌O・小島義徳)

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