海(第二期)の最近のブログ記事

2016年12月21日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 「海」は第二期なので通巻では84号となる。九州では文学的歴史をもつ文芸同人誌です。今号では高岡啓次郎「書斎の雨音」に目が留まりました。主人公の姉が結婚後も夫との不仲に悩む姿を描写している。幼少時には母親代わりに主人公等の兄弟の面倒に奔走し婚期が過ぎそうなので見合い結婚をしたが料理人の夫とは理解しあえず苦労した末に先立たれる。その葬儀に北海道から関東まで出向く。読み進むと心象風景と実際の風景との対比が迫ってくる。雑誌「文芸思潮」での入選作品を加筆して掲載したそうである。授賞式で見た高岡氏は若く溌剌とした文章力を反映させるような人でした。
 高岡氏は、九州の同人誌にも参加して掲載する多忙な人気者です。どれも、水準の高い安定した作品を続々と送り出しています。
 「海」(第二期)誌の主宰者である有森信二氏とも「文学街文庫」で共に掲載した事も有り毎号必ず贈ってもらっています。 今後も遠方でも同人誌活動に励む知人とは励まし合っていきたいものです。
 編集発行人=〒818?0101大宰府市観世音寺1?5?33(松本方)。「海」編集委員会。
紹介者=外狩雅巳(町田文芸交流会事務局)

カテゴリー:海(第二期)

2016年7月 6日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「星と花 R共和国奇譚」井本元義】
 作品の必要条件とも思える、憂鬱状態の「私」が、多数の部族で構成された山岳民族国家R共和国から招待される。80年に一度のベルセウス座の大流星群が見られるという。そこで、「私」は、その招待に応じて、訪問する物語。設立して70年というこの国は、伝統と近代科学を両立させたようなところがある。そこで、書かれるのが、食虫植物の存在と、しきたりとしての鳥葬の様子である。
 フランスの象徴派、ボードレールの視点と、なんとなく佐藤春夫、福永武彦の作品世界を思わせる雰囲気で、鳥葬の細部にわたる説明や、食虫植物存在感が文芸的に味わえる密度の濃い作品である。文学的表現の高度な技術の見本のような世界を展開される。読ませられながらも、その表現力に舌を巻くとはこのことであろう。読んでよかったと思わせる。食虫植物に食べられる「私」が活きている。やや、ディレッタンチムの気配があるが、上質な純文学の世界を楽しめた。
【「機縁因縁」中野薫】
 保険金殺人事件の犯罪関係者と警察官の活動と犯人が死刑になるまでを描いた犯罪小説。新聞による事件報道をヒントに、小説化したものだという。ここでは、警察官も人間、犯人も人間という視点を崩さず、警察官の職場での立場を冷静に描き、同時に犯人とその周辺の人物を、説得力をもって描き切っていることに長所がある。作者の洞察力と筆力が一致して、大人の読み物として優れている。これも上質な社会派的中間娯楽小説に読める。
 発行所=〒818?0101大宰府市観世音寺1?15?33、(松本方)「海編集委員会」
紹介者=「詩人回廊」北 一郎

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2016年2月 3日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「偽手紙」井本元義】
 中学教師だった「私」が昭和天皇の崩御の年に、バーで男と知り合う。その男が、思想家で作家、ジャーナリストで社会運動家でもあった大杉 栄(1885年―(明治18年)? 1923年―(大正12年)の孫だという。
 そのことから、「私」はかつて、ある文壇バーで大杉栄の弟の孫との出会いがあったことを思い出す。そうしたなかで、大杉栄関連人脈からえた大杉栄の活動ぶりの知るところを記す。そのうちに大杉栄の手紙とされるものを入手する。それは偽物かも知れなかった。
 そして、その手紙の内容を記す。
 いろいろな要素を含んだ小説である。ただ、全体にパリにおける文学や絵画のアーチスト的な雰囲気を感じさせるロマンティックな小説となっている。
 同じ作者の「あちらこちら文学散歩」も同時掲載されている。これは、ランボーの詩人時代と世俗的商人生活のなかの人間の魂に関するものである。いずれも人間精神の芸術的宇宙空間の領域で、作者の精神的青春性に満ちたものある。日常の雑事を忘れさせる味わいがある。
【「落下」有森信二】
 「落下」というテーマで、文芸部仲間が作品を書こうということになる。出だしは読物風で、興味をもたす巧い展開である。それは同時に娯楽小説的に読ませられるということでもある。ところが、話は投身自殺などのイメージを展開させる純文学的な方向に向かう。
 自己存在の不調和感の表現がテーマだと読むと、これまでの作者の作品とつながるものを感じさせる。なかなか難しいところを表現しようとするため、書き方も難しくなっているようだ。
【「罰法転勤」中野薫】
 組織人事の側面から、警察官という職業の特性を描いたもので、大変興味深く面白く読めた。
発行所=福岡県太宰府市観世音寺1?5?33(松本方)
紹介者・「詩人回廊」北一郎

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「海」14号(大宰府市)

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2015年7月 8日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌はどれも充実した作品ばかりで、内容の濃さに感銘を受ける。主宰者の有森信二氏の創作力と同人誌への情熱には畏敬するしかない。小説の青春ものも共感したり感じることがあるが、ここではその他の作品について触れることにする。
【「ある患者の手記 第1回―癌の一症例」赤木健介】
 本編の作者は、前号の作品「いつの日か流離いの」では、永山則夫をモデルにした小説を書いている。事実をもとに資料をひもとき、個性的な犯罪者の精神性に迫るもので、いわゆる事件の意味を問いかける問題作であった。その後、元少年Aの「絶歌」が刊行されたので、いまだに印象が強い。
 今回は、自己の病と病院との関係をリアルに、正確に伝えようとするドキュメンタリーである。私自身、15年前、前立腺がんの宣告を受け手術。そこで、退院する間際になって、尿道が腫れてふさがる事態が出る。そのため、入院が伸びた。私のアレルギー体質が原因ということで、尿道の腫れが引くまで、栓付カテーテルをつけたままで、社会生活を送った。その後、再発の懸念がでて、生検で入院。以来、再発を監視する定期健診をしている。
 ここでは、次々と病気の予兆が出た場合の病院と医師の関係に患者が振り回される不可解な実態が、詳しく書かれている。セカンドオピニオンの医師と患者の感情的なこじれの問題にも触れている。同様の経験をされた方も多いであろう。これからの人にも参考になるはず。自分は三人、四人の医師に話を聞いて、医師の機嫌など無視して、自分の判断材料にしている。ここでは入院のベッドでの腰痛対策など、野球の球が役に立つという経験が記され、その手があったかと納得。いずれにしても、文芸同人誌の現実離れした建前に沿わずに、こうした高齢者に役立つ情報提供の可能性を示している。
【「あちらこちら文学散歩」井本元義】
 これは、作者のブログにも多くあるフランス・パリの話である。自分は、外国に行ったことがないので、気分転換に井本氏のブログ文学散歩は読んでいる。どういうわけか、生活環境のレベルの低い自分であるのに、このような、高尚な世界の文学ガイドが好きである。シムノンも好きで読むし、デラコルタも好き。ノワールものもかなり読む。画家もユトリロは伝記まで読んでいる。そこに少しずれがあるが...。ここではヴェルレーヌの人生を知らされてびっくり。上田敏の訳詩にはそんな気配は微塵もないから。辻邦生に対する感情も当初はなにか、うん臭さ付きまとった感じで、同感した。とにかく、ユーゴー、ヘミングウエイ、ヴィヨンなど、あらためてパリの文学者世界の含蓄の深さを教えられる。これを読むと、パリってどんな都なの? と新しい興味が湧いてくる。良い文学ガイドだと思う。パリ生活を楽しむ作者が羨ましいと思うが、身分相応に国内の変化の激しい土地散歩もそれなりに面白いので、読むだけで、まんざらでもない満足感が得られる。
発行所=818?0101=大宰府市観世音寺1‐15‐33.松本方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2014年7月 8日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「白い翳」有森信二】
 福岡に住む健治は3年前に定年になり趣味の会の幹事をしている。母親は87歳でさまざまな病を治療しているが、長年住み慣れた自分の家で独り暮らしをしている。長男である健治が福岡に引き取ろうとしても、無視している。
 母親の病気を見守る中で、健治は少年時代の母親や親類のことを思い起こす。健治がこだわるのは、自分が本当に母の夫、つまり父親の子供なのかという点である。このこだわりをどこまでも追求している。そのために、幼少時代の記憶が単なる思い出話や時代の記録から脱け出て、純文学の世界に踏み込んでいく。
 敗戦直後の時代、まず母親は幼少時代から彼に甘えを許さない厳しい態度で接する記憶が語られる。それは彼が長男で農家を継ぐ立場であるから、と彼女は言う。
 この時代の農業従事者にとって、子供は重要な労働力。また、農地と人間の生産関係は、その土地を耕し、面倒をみる条件のもとで、収穫が得られる。しかも一定の面積を確保し、土地を分割しては良くない。長男だけがその土地を承継し、二男、三男、女性は家を出される。母親は、時代が変わっても、昔ながらの農業を守らすには、長男が勉強をして世間のことを知るのは良くないと、健治に勉強をさせないようにする。
 小説では結果的に身体が頑健でない健治は進学し、長男でありながら農家を継がないことになる。
 健治は、自分は祖父の子供ではないか、という疑惑を抱き、母親と祖父との関係について様々な出来事を回想する。祖父が文学愛好家で、血のつながりの濃さもある。しかし、母親はそのことを否定するニュアンスの答えしかしない。健治のアイデンティティに関する疑問は白い翳として存在しつづける。
 健治は父親が誰かを疑問にしながら、父親については多くは触れない。本当は、母親の愛情が欠落したような雰囲気で育てられた、それは何故かという、問題提起なのであろうか。息子はどこかで心を傷つけられている筈で、そこにたどりつかず、どこか漠然としたところがある。それ以外に多くの問題提起がなされているので複雑さを与えている。当時の社会制度の家長制度へのマインドコントロールに対するこだわりや反感あるのかもしれない。母親は、風変わりな性格ではあるが、長男の進学や都会住まいを許したのであるから、愛情を示さなかったわけでもないのではないか。
 描写にはすごいところがあって、勉強のことで、母親と口論になり、――母が傍らの六尺棒に手を伸ばしたので、健治は朝飯の箸を飯台に置いたまま、飛び退った。素足にズックを突っかけ、門口に入り出る。ぶつかりそうになった鶏が、あわてて羽を広げて物置の軒下まで飛んだーーとある。他にも優れたところがあるが、とにかくその描写力によって、自然にユーモアというか、哀感がでている。
 技術的には、小説に重層性が増すエピソードが多彩で、曖昧なようでいて、かつての家長制度主体の世間の掟が、時代の変化で崩壊しつつある現代を照らしている。読後になんとなくヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」を思い起こした。これは女性の家庭教師が幽霊に出会う話だが、幽霊がでたようにも思え、あるいは家庭教師の思い込みのようにも読める。この二面が曖昧で、どちらにも受けとめるられるように作者が仕組んでいるので有名である。
発行所=〒818―0012大宰府市観音寺1‐15‐33、松本方。
紹介者「詩人回廊」北一郎。

カテゴリー:海(第二期)

2014年2月11日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「ある男の軌跡」牧草泉】
 無職でいた男がひょんなことから、町で若い女と知り合い同居する。女は男が働かないことを気にせず、競馬場通いをするためのお小遣いまでくれて過ごさせる。しかし、男がその生活に飽いて、仕事を探し、職に就く。すると、女は彼のとろから去ってどこかに行ってしまう。その後、また偶然にその女と出うことになる。ここでの内容の芯が、人間存在における支配欲なので、男も女もKという競馬場の男も固有名詞を使用しない。目的に沿った手法で、文学的センスの良さが光る納得のいくスタイルである。
【「船底」高岡啓次郎】
 造船工という職種があるのかどうか知らないが、その労働現場の様子が詳しく描かれている。労働者文学の一種で、かつての平和に対する理想主義が色あせ、共に仕事をした経営者たちも年老いて、亡くなってゆく。造船業界を描いて、滅びゆくことの無常感を感じさせる。高岡氏は雑誌「文芸思潮」で「凍裂」というドラマチックな小説で特別賞を受賞している。自分は授賞式を見学させてもらった。70歳を過ぎて、書くことにはまた特別な決意と想いがあるようだ。
【「渓流の眠りのなかへ」有森信二】
 自分と同じ双子のような、しかし会ったことがない男と街中で出会う。このような設定だと二重人格をテーマにするいものが多いが、ここでは自己存在の不定感、不可解さを感じるような物語になっている。組織のなかの歯車化されている状況に対し、幽体離脱などの現象表現を用いて、抵抗姿勢を感じさせる物語であった。風変わりな作風で、意欲を感じさせるが、二重人物という設定は、エドガー・アラン・ポーをてはじめにドストエフスキーほか多くの作品があり、現代にそれを使って作品化するには、よほどの工夫が必要に思うが、それなりに新味が出ているように感じたが、何となく物足りなさもある。もっと長くしてつなぎを充実させれば雑誌「群像」の賞の選者が好みそうな作風になるかも知れない。
〒818?0101太宰府観世音寺1―15?33、松本方。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

カテゴリー:海(第二期)

2013年10月30日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「海神」有森信二】
 中学生の健治少年は、葉煙草栽培農家の長男で弟がいる。家業があると長男は、家内労働力として親からあてにされる。親にしてみれば、義務教育を出たらすぐ家業に精をだしてもらいたいわけである。父親は、高校へ通いたかったが、その父、主人公の祖父が若くして急死したため、進学をおきらめ家業を継いでいた。そういう経験があって、健治の進学を認める。健治には、同級生の留美子という恋人がいて、その思春期の恋愛が描かれる。
 強い筆致でバランスよく、戦後日本の経済成長期前の青春が描かれている。同じ作者が「幸福の歌」を執筆して、これは現代における経済成熟期における家庭の姿と青春を描いている。ここでは主人公の性格に時代性を反映させて描く。有森作品をすべて読んだわけではないが、自分の印象では、次の作品に伸び代を期待させるようなものがあるように読める。これが作家精神の若々しさによるものであるらしい。「海神」の終わり方にもそれが見える、集中力をもって作中に入り込む力が強い。もっともこれはほかの同人誌にみられる作風との相対的比較の上であるが。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

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「海」第二期8号(福岡市)

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2012年11月30日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「フェリーツェの愛」牧草泉】
主人公は女性で、「私」は恋愛関係にあった男性から突然別れを言われ、別れたのだがその理由がわからない。すると彼女の友人がそれは、カフカにはフリーチェという婚約者がいて2度も婚約したのに結婚はしなかったという。そのように彼女の恋人がカフカ的だからそうなったという話になる。カフカの人生解説をするための小説のようだ。
【「鼠の告発」有森信二】
 これはまさにカフカや安倍公房の手法を彷彿させる良くできた小説。大学の准教授が学校に人権侵害されたと思いこむ。それで法務局に告訴したため、その筋からの調査を受ける。大学側ではそれに対応をするために事務局と教授連がいろいろ苦労をする。大学の組織を良く知る書き手の筆力で、いかにもありそうに書く。大学のあたふたする様子を、それが批判的でもなく、同情的でもなく冷静に描くので「そりゃ、大変だろう」と思い、なんとなくおかしい。
 もともと告訴した准教授がすこし自意識過剰で変らしいのだが、言うことがもっともらしいので、それに困らせられる様子が具体的で巧い。物語が終わらないで終わる円形回帰的結末でよく完成にこぎつている。なかなか、前衛味があってすすんでいる。こういう味を意識的の出せるには、相当作家的な腕力を身につけているようだ。同じ作者が「文芸漫遊記」(一)を掲載していて、それも面白く、いろいろな作家の講座を受けた経過が記されていて、書く意欲がにじみ出ている。こように書く題材によってスタイルが決められるというのは、学んだというより、努力か才能か、本人独自のもののようだ。器用なのかも知れない。未知数の可能性を感じさせて興味深い。こういうのを読むと自分は怠け者と思う。
【詩「盈」月岡祥郎】
 生活ではまず人に表現しない意識の流れ「何をしていても昔から」「漠然と遠くをみていたようだった」としながら、自意識のもう一つの精神軌跡を語る散文的詩で読ませされるる。
【詩「慟哭」「夢路」「旅愁」笹原由里】
 リズムがあって、ぬくもりも熱情も、ほのかな味で詩らしい詩作品。短詩だが、抒情があって長けりゃいいということではない。感性が詩人。
(紹介者「詩人回廊」伊藤昭一)

カテゴリー:海(第二期)

2012年5月14日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「赤い陽」有森信二】
 世界の文明国による第3次世界大戦と、大自然災害という二つの破局要素の中で、日本民族らしき男と異なる国の女性の恋人を描く。3・11の自然災害とそれをめぐる世界各国の対応をイメージの基礎に置いたのかも知れない。創造力をフルに発動させようという意欲が見られて、面白く読ませる。
 世界の情勢と国の社会体制の混乱、それと人間的な家族関係に絞って破局に陥る運命を描く。同人誌作品としては長いほうだが、この類の小説としてはエッセンスを集約した短編的なものにしかならない、破局小説として完成させるには長編にしなければならないことがわかる。
 たまたま、当会員の山川豊太郎氏が、暴動などで破壊された都市を漂流する長編小説(現在のタイトルは「繭(コクーン)version2」)執筆中で、その作品解説を予定していたので、比較文学的に読んだので興味深かった。

カテゴリー:海(第二期)

2011年11月12日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「虚空疾走」有森信二】
 詩人的素養の強い作者であるが、小説も巧い。わが身を思えば、感心ばかりしていても仕方がないが、事実である。主人公の昭夫が人生の憂さを酒にまぎらわしているところから、はじまる。友人の余命いくばくもない病気と残されるであろう家族の心配を身にかかえていることが判る。そこに電車に飛び込み自殺をはかる女を押し留める事件があり、家に泊めて結局は関係する。しかし、病は友人だけでなく自らにも及ぶ。人生の儚さと滅亡的なイロニーを表現の軸にすえて、激しい事件を織り込み、物語性でも彩りつけている。死に向かって残された時間を意識させることでハードボイルド的な緊張感をかもし出し読ませる。作品は、一定水準を保って量産を可能にする才気に満ちている。

【「イカロスを愛した女」牧草泉】
 結婚生活の円熟期にある弘子という主婦。学生時代に恋人だった男がいた。しかし、その時期には性格と将来展望の違いから、弘子は離別を決意している。その男は亡くなったが、彼の妻が、自分が弘子の代用品であったのではないか、との疑問を解きに弘子と会いたがってくる。
 そのなかで、結婚という結びつきが、社会的な名誉心や富などが絡んだものであって、純粋愛というものがどれだけそこにあるか、という問題意思をも示す語り口となっている。ロマン主義の作風である。ときどき話が横にそれるような運びで、それも味わいの一部になっている。

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