農民文学の最近のブログ記事

2012年8月24日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「二の糸 三番」吉井惠璃子】
 吉岡村という過疎化する現状に抵抗して、伝統と地域を守ろうとする大人たちと、その子供(中学生たち)の成長物語である。これは第55回農民文学賞の最終候補作品であるが、本作品が受賞してもまったくおかしくないものがある。
 農業は都会ではできない。いわゆる田舎の産業である。高校の進学も地域の学校よりも、外の大きな学校に進学したくなる。それも無理はない。
 そうした状況の田舎村意識から、いつしか卑屈になり、自己嫌悪にとらわれていた中学生の主人公が、神社のお祭りのイベントに三味線の伝統芸を急場で身につけ披露、村に活気を呼び起こす。地域住民と自己の存在に確信に目覚めて成長する。生徒と家族の物語がライトノベル風に書きあげられている。
 ライトノベルでも、書き方が軽いだけで、文芸であるので、テーマの重みがあれば通常の文学作品と変わらないことを示している。題材はこれまでに幾度も取り上げられてきたものだが、どのように書くかで、これだけ面白く読ませるという事例でもある。
【「九月二十四日の花束」林 俊】
 平凡に結婚して、平凡な家族関係で、特に情熱をもって結ばれたとは思っていない夫についての、深い愛情を表現したもの。普通に書けば、「私はどこにでも見られるありふれた家庭の主婦です」で終わってしまう話。これを意識の流れを追うというひとひねりした手法で、ディテールが光った心温まる作品。こういうのを読むと、同人誌って手法的に面白いのが載っている、と思わざるを得ない。これもどもように書くかで読ませる作品である。

【「野良の昆虫記その(十七)初蝶」飯塚清治】
 連載しているうちに「あれは面白くていいよね」という評判が高まって耳に入るようになった隠れた人気シリーズである。作者は「1日1行の農事日記を付けているが、それにツバメやジョービタキの初見や辛夷や木犀の開花などは記してあるが、初蝶をしるした覚えがない。今年からそれを書こうと、春への期待が高まった」と記す。こちらは都会人でまったく知らない昆虫の世界を知って驚く。また、知っていれば知っているで、改めて昆虫と人間との関係を発見させるに違いない。生き物との関係の再発見を促す。農業詩人の精神とはまさにこれである。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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文芸同志会通信」に3月7日 (土)付けで書き込みがあったので転載します。

季刊「農民文学」№.284(玄冬号)(1)
【「姥ヶ沼」前田新】
 昨年に農民文学賞を受賞した作者の受賞代一作である。村に特別老人養護施設があり、そこが村の人の職場を提供し「見晴らし荘」と称され、同時に身寄りのない年寄りの引き取り場所にもなっていることから「姥捨て荘」と呼ばれている。そこに身内を亡くし、5年前から入所の順番を待っていた91歳の独居老人のタネばあさんがいる。村の農業委員の丸山が、おタネばあさんの入所資格確保などの身辺整理をする役目をする。
 おタネばあさんの田畑は、夫も息子など身内が先に死んでしまって、登記が昔の所有者のまま放置してあるために正式に彼女の名義の資産登録をする。その資産を担保に入居資格がもらえるのである。おタネばあさんから丸山が話を聞いてみると、父親が強盗殺人の犯人にされ、(無実のとのこと)そのことからタネばあさんとその一家の苦労が始まる。それから波乱万丈の人生をたどることになる。日本の農民の時代に翻弄される変遷が、あらためて認識される。よく整理された物語にして、実感を伴った感慨を呼び起こす。
【「ふたつの鬼怒川」宇梶紀夫】
 これも農民のしかも前田作品と同じ女性の物語である。康夫の母親のフサエが80歳を超えて病に倒れる。そのフサエの病状が悪化し、死に至るまでを、康夫の視点を主体にして観察鋭く微細に描く。その上でフサエと夫の人生を、回想的断片をつなぎ合わせて、3人称スタイルを活用し自在な表現力を発揮している。フサエが死んでも、残った農民たちの土と集落の生活はつづく。長さを充分にとってあるため、フサエの葬式の風景から、西鬼怒川の岸辺に咲く花々、藪から姿をみせた蛇など、風景描写が胸にしみるようだ。なかで「フサエは凡庸でささやかな人生を生き、立派に死んで行った。なにを悲しむことがあろうかと、と康夫は思うのだった」というところがあるが、それまでの着実な筆致があるだけに説得力を持つ。じっくりとした粘り強い描写力で、農民の生活のすべてを語り尽くすことに成功している。作者の並々ならぬ、凄みのある筆力に、感銘深く読んだ。
 2作とも日本の農民の実態を描いて、小説とはいいながら、都会人には優れた実情レポートにもなっている。
 偶然、似たような視点の作品の競作なったようだが、前田作品には洒落た軽さを与えた工夫があり、長く書いた宇梶作品は、真正面から対象に向き合った重厚さがある。とにかく「農民文学」の書き手は皆すごい書き手である。

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