詩と眞實の最近のブログ記事

<2015年09月27日 (日)付、「文芸同人誌案内」掲示板より転載・投稿者:ひわき>

【「宮本さんの部屋」北原政典】
地味だけれど、懐かしいような、読んでいるとだんだん心が鎮まってくるような作品です。特別な出来事も登場人物もありませんが、作品世界の時間の流れが好きです。
【「パリ スフロ通り」井本元義】
この方はいくつもの同人誌に精力的に作品を発表されています。この作品も含め、何編かは同じモチーフです。作者にとって、書いても書いても更に書きたいことが溢れてくるのでしょう。そのような感性を自分の中に留めているのは羨ましいです。

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「詩と真実」10月号(熊本市)

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2010年10月 9日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

月刊でよく作品が集まると感心する。「合評会記」という欄があって、感想があるのが面白い。20人以上が参加するようなので、活発なものだ。
 詩作品に【「不安な色―青と緑について」池崎輝夫】があって、色弱であることの個性を異邦人的な自意識で表現するのが、必然性をもったものとして印象に残った。
 【「かぶく清正」蓑田正義】
 戦国時代から権力者の監視の眼を意識ながら、人心をとらえる武将・加藤清正の行き方を落ち着いた筆致で描く。時代背景や考証が行き届いて、面白く読んだ。作品全体がきちんと整っていて、品格のある作風が印象に残った。編集後記によると、2004年に歴史物の短編集「まりやの旗」を上梓しているというので、書き慣れているのが納得できる。
 発行所=〒862?0963熊本市出仲間4?14?1、詩と真実社。

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9月12日 (日)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本号は、月刊で723号という大変な歴史と実績をもつ。8月号も着いていて、西園春美「こおりの音」は、語りたい熱意が伝わるが、整理と物語としてのうねりが足りないと感じ、吉村滋「金婚式」は、身しみる話でよくまとまっている。しかし手記的で、それをどう紹介するかと考えているうちに9月号がくるという、怒涛のような作品づくりに驚かされた。それにしても、これだけ充実しているのに、一介のブロガーの自分に読めというのは、勉強になるからであろうか。

【「島」戸川如風】
 作品の舞台となっている湯島は、普賢岳が近くにみえる沿岸の小島。そこに二年間の任期で、若い女性教師の真理子が赴任してくる。島の子どもたちは、噴火で津波が起これば、島は沈んでしまうという危機感を持ちながら、平和な日々を送っている。
 真理子の外部者の視点で、島の風物が紹介され、自身も岩海苔をとったりする。島のよさが表現される。島の人の立場は、大人ではなく、未来に夢を持つ子どもたちの視線で描く。こうした手法のため、生活の現実と距離が置かれ、ソフトでロマンティックに、いきいきと描かれている。
 島の子どもの光子は糖尿病という病を持ちながら、周囲を明るい光を放って仲良く暮らしていたが、病に倒れ死ぬ。その悲しみが良く伝わってくる。そして、真理子は任期が終わり去ってゆく。小島の穏やかな生活のなかで、人間の命と尊厳を描き、ヒューマニズムにあふれた物語になっている。生活人情の中での人間愛を向日的にまとめ上げている。甘いところを承知し、落ち着いた筆致によって、物語に共感できる。

【「禁断の木の実」今村有成】
 若い男女の交際を精神と肉体の交流接触に絞り、アダムとイブの愛と性になぞらえて語る。古い感覚もここまで原点に照らし合わせた発想で表現されると、かえって新鮮である。思想的な柱の失われた現代の表現に、苦心するよりも、古くてもなんでも思想というものがあると、なんとなく物語がしっかりしているように見えるのが不思議。

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「詩と眞實」(熊本市)713号

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【「嗄声(させい)」辻一男作】

まず「西日本新聞」2008年12月1日の記事を紹介します。
「西日本文学展望」長野秀樹筆より
 辻一男さん「嗄声(させい)」(「詩と真実」七一三号、熊本市)の主人公は三十五歳から二十年以上透析を受けている患者である。合併症として、甲状腺が肥大し、切除する手術を受けることになる。命にかかわる手術ではないが、体力が落ちている上に、全身麻酔であることに変わりなく、そのことを主人公はひどく心配している。
 手術は無事終了し、夢うつつな中で、意識は若い頃の思い出へと戻っていく。音楽大学の二部に入学し、演歌歌手のバンドでサックスを吹いて生活費を稼ぐ。健康で芸能界という華やかな世界ともかかわりを持ち、貧しくとも希望があった時代。エピソードとして、三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地での割腹自殺が挿入されるが、そうであれば、昭和四十五年十一月が作品の舞台ということになる。
 誰もが迎える老いと病が、青春の日々との対比の中で、語られていく。その落差を哀しみとして捉えるか、充実の時間として捉えるかは、個々により異なるだろうが、主人公は生きることへの希望を見いだし、腎移植をためらいながら医師に申し出る。死が身近なものとして己が身に迫った時、人は何を考えるのかを、静かに語る作品である。
?以上?

けれん味のない、しっかりとした作品を久しぶりに読んだ気がします。読み始めてすぐ感じたのが、文体の確かさでした。余分な装飾も凝った表現もない簡潔な文章から、主人公の内面が伝わってきます。目に見える事実の描写だけで、登場人物の印象を読者に想像させる書き方もみごとです。読後感がとてもいいです。最後の場面は、主人公が見知らぬ父娘とエレベーターに同乗します。幼い女の子の様子が細かく書き込まれています。場所が病院内なので、無邪気な女の子が重篤な病を抱えているのかと想像しました。その前に死について書かれているので、読んでいた私も死の感覚を引きずっていたのでしょう。ところが最後の1文で、そうではないことが判ります。死と生との対比が鮮やかです。最後の1文を紹介します。
「エレベーターの扉が開き、若い男と女の子は産科の病室のある東病棟へ、私は透析室のある西病棟へ同じ通路を左右に別れた。」

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