照葉樹の最近のブログ記事

<2011年12月30日(金)付、「文芸同人誌案内」掲示板より転載・投稿者:kitaohi>
北大井卓午筆

【「錯綜」水木怜】
 ストーリーは簡単だ。なつみは、高校を中退しバイトで入ったK書店でまじめな仕事ぶりが認められて本採用になり、同期で入社した大卒の圭吾にバス乗り場で発作(過換気)に襲われたとき助けて貰う。親切な圭吾をなつみは好きになり、アパートに行き料理を作るまでになる。会社でも圭吾を好きだということを表に出しており、同僚の噂にもなっている。その圭吾が結婚するという噂が広まるが、相手は自分ではなかった。圭吾は結婚すると住所も変えてしまう。
 なつみは高校のころ荒木という1年先輩の男子を好きになる。切っ掛けは、下校途中雨に濡れて歩いているときに傘を貸してくれたことである。その後家を突き止め、バレンタインチョコを郵便受けに入れに行ったときに、数人の女子学生から、荒木が奈津美のことを気持ち悪いといっていると聞かされる。そのショックで過換気症候群になる。なつみは結局転校し叔母の家に住むことになるが、その叔母の家も高校を中退して家を飛び出してしまう。
 一方、圭吾は順調に出世し、先輩を飛び越して店長になる。先輩である高見沢繁が、偶然会ったような感じでなつみに声をかける。一緒に飲もうといってなつみを誘い、呼ぶときもシゲルといってという。その日酔ってなつみのアパートで関係を持つ。しかし、シゲルは自分を追い越した圭吾を追い落とすためになつみを利用したのだった。
 以上のようなストーリーだが、この作品の凄いのは、なつみの性格描写なのだ。このような女性が実際にいるかどうかは知らないが、ストーカーなどはこういった性格の人がなるではないかと思わされるほど、リアリティがある。作者がここで書きたかったことは常識を外れた性格を持った人のことをその人の側に立ってみることだろうと推測した。作品では最後になつみは新しい世界に移っていくようになっているが、実際はそう簡単ではないかもしれない。これからもこういった世界のことも書いて読ませていただきたいと思う。

カテゴリー:照葉樹

<2011年 6月21日(火)付、「文芸同人誌案内」掲示板より転載・投稿者:kitaohi>

【「残照」水木怜】
「照葉樹」92ページを使った特別号で、長い小説だが、読みやすいい。文章もこなれており、テンポもいい。久しぶりに長い小説を一気に読んだ。力量の高い作者ということがよく分かる。

 物語は、多恵(樹調多恵、主人公)が西岡から野口佐千代が亡くなったというメールだが届くところから始まる。西岡はアルバサウンド(甲南大学グリークラブのOBの合唱団)メンバーで、多恵はそこでピアノの伴奏を30年近く引き受けている。佐千代とはアルバサウンドの打ち上げパーティー初めて会ったのだが、同じ小学校の同級だったことがあるという。いろいろ話をしているうちに少しずつ思い出してくる。佐千代はアルバというスナックを経営しているという。佐千代が多恵にこっそり教えたことは、ガンの第4ステージで子宮など全部取り、女でなくなったことだった。その時の年齢は63歳ごろだ。それから半年後に西岡、佐千代、多恵のの3人でカラオケに行く。その時佐千代は、生への強い執着を口にする。訃報メールはそのあと来たのだ。西岡は佐千代を愛していた。

 多恵は26歳の時に10歳年上の岳志と結婚する。岳志との異常な性愛と嫉妬深さに耐えられず、結婚して3か月もたたないうちに、離婚を決意する。しかし、ハネムーンベイビーがお腹に宿ったことを知る。生まれた子供は「翼」名づけたが、2年後に耐えられなくなり離婚するが、翼とは別れなければならなかった。多恵の生活は、父が残してくれたピアノでピアノ教室を開いたら教育ブームに乗り、順調に伸び、生活に支障をきたすことはなかった。が、息子への思慕の念が強くなるばかりだ。翼は生きていれば36歳になるはずだった。翼の人生を狂わせたのは私だという思いも強くなり、岳志と会おうと考える。岳志は73歳になっているはずだ。

 岳志が父親から引き継いだ会社に連絡すると岳志は高級なケアハウスにいたが、足が悪く歩行器を遣っていた。会話は思っていたよりスムーズに進む。再婚した奥さん(克美)のことを聞く知らないという。また、同様に翼のことも知らないという。多恵は克美に会いに行く。克美がいい女性だった。岳志より2歳上の75歳という。また、翼の消息も、西岡が岩国の温泉場であった男らしいということで繋がってくる。

 第4章は翼が主人公という書き方で翼の36歳までの波乱の生き方が書かれている。翼は暴力団から逃れて久美子という女性に匿われ、生活するようになる。しかし、翼は父親の岳志と同じような嫉妬深い男になっていた。久美子はそれに耐えられず、自ら命を絶つ。翼は嬉野の窯場に入り世捨て人のような生活を始める。

 終章は、多恵が岳志を最後まで看取るという状況にして終わる。

 長い小説だが最後まで面白く読めた。これだけの作品を書くには相当なエネルギーがいったと思う。凄い書き手と思う。文章も推敲されていてとてもいい。小説とはこういうものかと思いながら読んだが、登場人物は全員が善人なのだ。連続のテレビドラマにしてもいい感じである。窯場の山野さんもいい人物だ。

 もう一つ、この小説には生活の匂いがないように思った。多恵が母子家庭で苦しかったとあるがあまり実感が湧かない。翼にも生活臭はない。窯場の主人(山野)も翼を食わせるのに困らないぐらいの収入はあるのだろうか。こういったこと言い出すときりがないが、一つの世界を作り出していることは確かといっていい。

カテゴリー:照葉樹

「照葉樹」10号(福岡市)

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<2011年3月27日(日)付、「文芸同人誌案内」掲示板より転載・投稿者:kitaohi>

いつも素晴らしい作品を載せる照葉樹、その照葉樹がもう10号になったのかと感心してしまう。毎号素晴らしい作品を載せ、どの作品も高い評価を受けているのだ。私自身二人の作品を十分に読みこなしたという自信はないが、感想を書かせて貰う。

【「みつさんお手をどうぞ」水木怜】
 俺(藤堂健)は変わったバイトを引き受けることになる。依頼人は木元浩志という。認知症で息子も見分けられなくなった木元の母親の面倒を、週に4日(1日3時間程度)ほど見てほしいというものである。俺は、遠縁の自動車整備工場に住み込みで働きながら九大の工学部を卒業したが、小説家になりたくてそこを辞めて居酒屋のアルバイトで生活をしているので、願ってもない仕事だった。依頼主の木元は、父親が印刷所を立ち上げ直ぐに亡くなったので、その印刷所を引き継いでいる。また、自分は母子家庭と思っている。俺も母子家庭ではあるが、母親は働いていたので祖母育てられたので、老人は好きだ。木元の母は、みつさんといい、俺は木元浩志になりきって話し相手になったり、その他息子としてやるようなことをすべてすることになった。みつさんは認知症なのか、次第に俺を信じ木元浩志と思うようになる。作品はこの間の経緯をとてもよく書き込んでいる。みつさんは70過ぎまで市内のある割烹で仲居頭をし、従業員の采配をしっかりやったので女将さんから絶大な信頼をされていたらしい。たまに仲居頭時代に戻り、周りの入所者に迷惑をかけることもある。
 俺がみつさんに信頼されるようになるにつれて、親不孝をしてきたこともあり、複雑な気持ちに襲われるようにもなる。そのうちにみつさんに編み物をさせたところ、みつさんが大喜びをする。俺とみつさんの心が通じ合うようになると、次第に木元浩志が不機嫌になってくる。あるときみつさんが仲居頭時代になりきり、事件を起こす。その後みつさんが軽い脳梗塞を起こし、入院する。入院後みつさんは寝たきりの状態になったらしいが、俺には逢わせて貰えない。木元浩志が厳しく拒絶する。
 長い作品だが、一つひとつの出来事や感情の動きなど本当に上手く書いている。どの場面を取ってみても細部がきちんと描かれ、感心してしまう。さらに凄いのは、木元浩志が「俺」がみつさんと心が通じ合うようになるにつれて、「俺」に距離を置く感じになるところについて、全く説明がないのがいい。読者に考えさせ、想像させる形をとって終わっている。とても素晴らしい作品と思う。

【「二人」垂水薫】
 里見は中学3年で、父親と離婚し別の男と結婚した母親曜子と生活をしている。学校では成績もあまりよくないことと、実の父親が性格的な面から仕事が上手くいかないことを知っているので、学校が終わると中学生なのだが夜遅くまで父親が経営する焼き鳥屋を手伝っている。ある日学校で進学する志望校(公立か私立か)を書く用紙が配られるが、高校を受験せず、就職しようと思っているのでその用紙に書き込みをする気が起きない。里見の父親は見栄っ張りで収入がないのに外車を買って乗り回している。また、怒りっぽくて、相手かまわず感情を爆発させてしまう。一方、里見の母親が再婚した相手は、徳一郎といい、背も低く顔もあまりよくないが、まじめで母とも非常に上手くいっている。里美にも申し分がない。義父の徳一郎には里見と同い年の信吾という連れ子がいる。先妻は、信吾を生み直ぐに亡くなったという。信吾は学校の成績もよくスポーツも万能だ。生活は父の徳一郎とは共にせず、祖母のイネと暮らしている。里美は勉強などの面で信吾にかなわないので、信吾と同じ家族ということを知られたくない。
 翌日祖母のイネは、信吾を連れて里美が寝ている時間に訪ねてきた。信吾の進学校の決定をするので、徳一郎に決めて貰うためだった。里美は就職するつもりだったので母親にも相談をしなかったのだが、イネにも叱られる。里美は自分の進学校と関係ないと思い、席を立とうとすると、イネに引き止められる。この席で、信吾の出生の秘密が里美親子にも教えられる。結局、信吾は、有名私立高、里美は、公立を受けて落ちたら私立にいくことになる。この話し合いを通じて、イネ、徳一郎、信吾、母、里見の心がお互い溶け合う。里見も徳一郎を「お父さん」と初めて呼ぶ。心が溶け合うまでの心の動きがうまく書かれている。
 里見、母、里見の実の父親、里見の母の結婚相手の徳一郎、イネ、信吾の性格などがそれぞれうまく書き分けられており、楽しく読める。イネが、この家族関係をうまく纏めていくキーマンであるにもかかわらず、くどくなく、さらっと書かれてる。しかし、読者には、読み終わった後にイネの存在感が大きく感じられるような構成になっており、とてもいいと思った。イネをあまり書きすぎると俗っぽくなってしまうだろう。こういった構成の作品を最近あまり読んでいないので、とても新鮮に感じた。いい作品だと思う。

カテゴリー:照葉樹

「照葉樹」9号(福岡市)

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2010年8月31日 (火)付、「文芸同人誌案内」http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm掲示板より転載いたします。

投稿者:kitaohi
先日照葉樹9号を送っていただいたのですが、バタバタしていてやっと読み終えたところです。いつものようにこのサイトに感想を書かせていただきます。ただ、毎回お断りしているように、文学的な素養がありませんので、的外れな感想になっているかもしれませんが、その点はお許しください。また、である調で書いていますがこれもご容赦ください。

【十薬美身水(じゅうやくびしんすい)】垂水薫
妙子は75歳で親が残してくれた家に1人で住んでいる。両親が生きていたころは生り物の木が所狭しと植わっていたが、1人きりになり、生り物の木はすべて抜いてしまった。庭には南天などの低木だけだが、梅雨時になるとドクダミが占領し、抜いても抜いても生えてくる。
妙子には姉がおり、その姉は結婚して6人の子供を育て、その6人から20人の孫が生まれている。妙子は姉からは、ぐず、のろまなどといわれ、結局結婚をせずに、混乱と錯綜を繰り返す母親が92歳で亡くなるまで面倒を見た。母親と姉はとても仲が良くいつも電話をかけ合っていた。母親を置いて買い物に行き帰ってきたら母親は亡くなっていたのだが、姉はそのことを責め、以後、絶交状態になってしまう。母親が亡くなったのは妙子が62歳の時である。
母親の1周忌が済んだ年の同窓会には妙子は出席していないのだが、そのの帰りに、母親の仏壇に線香をあげに立ち寄ってくれた同級生の中に何故か、2年先輩の伸之がいた。その伸之が妙子の庭のドクダミを抜くのを手伝ったことが縁で、毎週妙子の家に来るようになる。とはいっても抱き合うわけでもなく、会話だけの関係だ。その関係が10年ほど続く。伸之には妻がおり、子供たちも近くに住んでいるらしい。伸之が3週間ほどこないので手紙を書こうと思っているところに、電話の予告もなく伸之が現れる。そして、人生にはいろいろあるといって帰り、それっきりで2年経った。
今年はドクダミでドクダミ茶を作り、欲しい人にあげようと張り紙をしたが、1か月たっても貰い手は来ない。そんな時に現れたのがサチヨだ。現在70歳だという。
この作品は、サチヨが現れてから、活き活きしてくる。作品は原稿用紙で130枚前後だろう。読み始めたときちょっと退屈で読むのをやめようかとさえ思うぐらい長い作品だ。ただ、文章は十分に練られており、1行1行のすべてが説得力のある言葉で詰まっている。伸之との淡い関係、伸之と家族の関係、別れるに至った原因の思わせぶりな部分等、もう少し読者が理解できるように書いてもいいかなと思った。
陽気なサチヨが登場してから、テンポもよく、ここから大きな展開があってもいいような作品になってくる。考えようによってはサチヨを浮きだたせるために、前半を置いたのかもしれない。
同人誌の書き手が高齢化しているといわれているので、このような作品が多くなるかもしれない。作者はどんな材料でも上手くさばき、素晴らしい作品にするのでいつも楽しみながら読んでいる。今回の作品も素晴らしいが、今後の作品も楽しみだ。

【ルイ子の窓】水木怜
小松原は55歳、F大医学部で将来を嘱望されていたが、12年前に、精神科・心療内科クリニックを開業する。事務は妻の聡美が担当し、看護師は合田という普通の医院だ。娘の小絵は大学生である。
小松原は心の病を持った独特の患者の対応に疲れ切っている。医師であった父親は、小松原が心療内科医になるといった時に、おまえにはその分野は不適格だといわれたことを思い出してしまう。その小松原の唯一の息抜きは、母校での週1回の講義の後、スターバックスでコーヒーを飲みながら本を読み、帰りに中洲の飲み屋「しんや」に行き、マスターの真也とおしゃべりをしたり、客のルイ子と会話を交わすことだ。ルイ子は小松原より6歳年上なのだが、うっかりすると年下に見てしまうことがある。
真也は、かって学校で虐めにあい、登校拒否から自傷行為をするようになる。母親に連れられて小松原のところに来るようになった。真也が父親の店を継いだのが28歳の時で、真也から電話をもらったのがきっかけで、真也の店に行くようになる。ルイ子は、真也の父親のころからの客で父親の同級生だという。この店でしか飲むことができない芋焼酎「乙女の涙」は、ルイ子が好きになった青年宮森作治試行錯誤を重ねて作った焼酎で、名付け親でもあるという。
ルイ子は、実の父が亡くなったのち母親が連れてきた義父の性的暴力を逃れるために、義父を猟銃で撃ち、村にいられなくなる。40年以上も前の話である。
作品は聡美と患者の話、患者の大井さつきの話、小絵のインド・ネパールへの旅行の話などを絡めているが、小松原とルイ子の心の交流、真也とルイ子、真也の父親から聞いたルイ子の話が中心である。ある程度まで読み進むとルイ子の最後の行動が見えてくる感じだが、これはやむを得ない。
心療内科医の目を通して虐めの問題、家庭内での性的暴力などが書かれていると同時に、その心療内科医も心の病の境界線上で苦しみながら生きていることがよく書かれている。意欲的な素晴らしい作品である。

カテゴリー:照葉樹

 「照葉樹」8号を拝読した。

 読後、水木さんと垂水さん、ひとりは赦す作家、もうひとりは責める作家、何と対照的な書き手かと思った。
 かつて三島由紀夫が太宰治を評するのに「「責める作家と赦す作家」という言葉を用い、太宰を、責めながらも最後には赦してしまう二面的な作家とみなしたエッセイを読んだ記憶があるが、「照葉樹」8号では水木さんは徹底的に赦す作家というか現実肯定の視点、人間は生まれついての善なる存在であるあるという性善説的視点からから「緋色のリボン」を書かれ、「TENDER LOVE」も書かれている。
 「緋色のリボン」は、この長さ(短さ)で柿の皮を剥いて干すという行為を書きながら一家の状況を描いてしまうという巧みさに感心した。ただし、やはり登場人物たちがあまりに性善説的でありすぎて、出来すぎた、劇作の世界でいうウェル・メイド・プレイに近いものを感じ、逆に物足りなさを感じた。
 「TENDER LOVE」も同様で、読者はストーリーの上に実にうまいこと乗せられて運ばれて結末に至ってしまう。「おいちゃん」の人間観、世界観もあまりにも性善説的で、テレビドラマ的な心地よさは確かにあるのだが、天邪鬼な読み手としては、つい、もっと人間という訳の解らない存在の奥深いところをみせて欲しいなどと、無い物ねだりなことを考えてしまうのでした。

 続いて、反対に責める作家であるらしい垂水さんは、「刻む」という作品の冒頭で、いきなり幼い女の子を火事で焼死させてしまう。これには度肝を抜かれた。小説というものがいかに虚構であるにしてもである、書かれた言葉を対語訳的に読み進んでゆく読者にとって、それはすでに虚構現実とでもいうべき現実なのである。なぜ、ここにひとりのいたいけな幼女の死が置かれなければならないのか? この死からどんな奇跡のマジックを作者は見せてくれるのだろうか? 
 そう思いながら読み進めようとしたが、実は途中で一度読むのを放棄した。未央という娘を自分たちの過失から死に至らしめた夫婦は、彼らもまた死のうとしているのである。しかも簡単に死ぬのではなく痛みを感じたいばかりに夫婦で自分たちの体にしろうとながら刺青を彫ろうとしているのである。このあまりのネガティブさ(!!)に一度「照葉樹」8号を手から離した。
 しかし、一日置いてまた手に取り、結末まで読み進んだ。
 刺青を彫っている間に、夫婦の視線は死から生へ向かうようになり、仕事を探して生きようとする。
 子を火事で死なせて終った自分たちを責めて責めるのだが、その結末に、「赦し」がぽんと置かれた。何だか読むのに疲れる小説ではあったが、作者渾身の荒行であることは間違いない。
 現代では案外こういったネガティブな視点から小説を書こうとする書き手は少ないので、かえって期待してしまいます。

 最後に、ふたりだけでも同人誌が発行できることに敬服脱帽、今後を楽しみにしています。

                                   (文芸誌O・小島)

カテゴリー:照葉樹

「照葉樹」(福岡市)7号

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kitaohiさんより「文芸同人誌案内」掲示板に書き込みがあったので、転載いたします。
8月11日(火)

【「遊境」水木怜】
 「私」が病院で院長(古い病院で大先生は中学校時代の同級生)に話しているような状況を作品として仕立てている。最後までしっかりと計算され、構成がキチンとした素晴らしい作品である。一人息子の信男、その嫁の伊代さん、孫の春菜が、「私」の院長に話す主な話題である。
 病院で嫁の伊代の悪口をいったときから、病院に行く度に院長に話す内容の時代が、「私」の若い時代に遡り、信男が小学校に入学したころまで行く。
 老いから認知症のような状態になる過程は、話や本では読んだことがあるが、私は現実についてはあまり知らない。しかし、周りの人が盗んだ、食事をしたことを忘れるなどの話はよく聞く。ただ、秘密工作員といった突拍子のない事柄が出てくるのは初めてだった。何らかの事情で「私」の中に秘密工作員がインプットされていたのだろうか。
 この作品に登場する「私」は、考えようによっては、素晴らしい家族に囲まれているといっていいだろう。「私」の周りの苦労が感じられない作品に仕立てられている。「私」が中心なのでそれはそれでいいのかもしれない。しかし、現実は「私」の周りの家族が大変だと思う。
 蛇足であるが、私が住んでいる街でも1週間に1人ぐらいは行方不明者が出る。心当たりがある方はご連絡くださいというメールが、PCとケータイに入り、数時間後に、見つかりましたというメールが入ってくる。市がPCとケータイのアドレスを登録している人に送信しているサービスであるが、行方不明になる人に60代の人もいるのには驚かされる。同時に、見つかるまで家族は大変だろうなと思う。

カテゴリー:照葉樹

                          文芸誌O・小島義徳


「トワイライト」水木怜

 前半は、睦夫という64歳のジャズバー経営者と34歳の麻美という、親子ほどの年齢差のふたりがどのような関係を築いてゆくのかと興味を持たせられて、前へ前へと読み進めました。けっこう細部をつめて書いておられるので、どのような展開があるか、期待いたしました。
 が、途中、麻美と杉尾という商社マンの仲を疑うあたりから、これはエンタテインメント系の小説なのかなと感じはじめました。その後、保険勧誘のいきさつが書かれ、終わりの4行で、あ、やっぱりそうだったんだ、と納得しました。後半はサスペンスものなのでした。そういう意味では最後の4行は決めるべく決められた着地点にぴたりとおさまっています。
 残念なのは、作品半ばころからこういう結末をあちらこちらで示唆するような場所があり、ある意味ではこの最後はとうに見透かされてしまっているということです。

 これは余談ですが、麻美がそうせざるを得ない状況というものを描き出すために、睦夫の視点からではなく、麻美の側から書いたとしたらどうだったのだろうと考えてしまいました。それだとまったく別の小説になってしまいますが、睦夫の側から見た麻美というのが、どうも外側から浅くしか捉えられないのに歯がゆい思いをしました。
 でも、120?130枚の長さを一度も立ち止まらずに読ませた筆力と根気には感心しました。


「三叉路」垂水薫

 読み始めてじきに、この天上天下阻むものもないであろう一人称ひとり語りに爆(苦)笑させられました。
 そしてじきに、以前、自分がブログなどに書き散らしたJ・ジョイスの『ユリシーズ』の最終18章の「ペネロペイア」を思い出してしまいました。
 くだくだ説明するよりいいと思うので、その書き出しを少し引用します。

 Yesだって先にはぜったいしなかったことよ朝の食じを卵を2つつけてベッドの中で食べたいと言うなんてシティアームズホテルを引きはらってからはずうっとあのころあのひとは亭しゅ関ぱくでいつも病人みたいな声を出して引きこもっているみたいなふりをしていっしょけんめいあのしわくちゃなミセス・オーダンの気を引こうとして自ぶんではずいぶん取り入っているつもりだったのにあのばばあと来たらみんな自ぶんと自ぶんのたましいのめいふくを祈るミサのため寄ふしてあたしたちにはなんにも残さないなんてあんなひどいけちんぼあるかしらメチルをまぜたアルコールに4ペンスつかうのだってびくびくものでいつも自ぶんの持病の話ばかりあれやこれやそれから政じの話や地しんのことやらこの世の終わりのことやらうんざりするおしゃべりばかりまずすこしはたのしみましょうよ世の中の女がみんなああいうふうになったらどうしますか水着やデコルテのわる口を言ってたけれども......(集英社文庫・丸谷才一、永川玲二、高松雄一訳)

 といった句読点無しの文章が文庫本で17頁続いて、ようやく改行が入ります。

 垂水さんの「三叉路」には句読点も改行も普通にあって、この「ペネロペイア」の訳文の、ちょっと慣れるまでの読みにくさはありません。
 しかし、女性一人称の激烈で圧倒的な独白体に終始している点では共通していると言えます。
 しかも、眠いといいながら、車を運転しながら、なおかつ休まずしゃべっていることの不自然などどこかに忘れて来てしまったかのように、この主人公はひたすらしゃべる。とてもおかしくて何度も笑ってしまいました。
 ただひとつ難点は、ずっと一本調子ということでしょうか。ややもするとかなり躁状態にあるおばさんが眠らずしゃべりつづけているといった、ちょっと軽い感じで続いてしまいがちなので、少し抑えた部分、あるいはしっとりした部分があったりしたらどうでしょう。
 案外、ジョイス張りに句読点改行無しだったら面白かったような気もしますが、でももうジョイスに先を越されてしまっているので二番煎じのそしりを受けてしまいますしね。でも、生な人間てこんなものかもしれないと思わせる、面白い着想の作品でした。


慶賀の客垂水薫2月11日、「デジタル文学館」にアップされました

 一読、怖い小説である。凡庸な男性読者には、ことさら怖い。
 (気がついたらなぜか、照葉樹6号の3作品はみな主人公や副主人公の女性が怖い。女性の怖さを表現しようと目論まれたのだったら、どの作品も成功であろう)
 「慶賀の客」で圧巻なのは、77頁の、美也が叔母にとって因縁の着物の袖を引き裂く場面の描写である。叔母と美也ふたり分の憤怒が袖を引きちぎる行為に凝縮されている。
 垂水さんに才能を感じるのは、こういう密度の濃い描写力なのです。叔母の印象が希薄であったり、叔父が人間として薄っぺらであっても、それを補って余る描写がそこにはある。こういう部分がありさえすれば、短編は完璧でなくてもいいのだと思いました。
 
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