婦人文芸の最近のブログ記事

「婦人文芸」第97号(横浜市)

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2016年10月14日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「三國さんのこと」西山州見子】
 話題性の面白さとしては、これが第一であろう。作者は、約30年前の昭和59年、自宅を鉄筋三階建てのアパートにして、そこの大家をしながら住んだ。部屋の賃貸にはペット「可」にした。
 すると、管理会社から、俳優の三國連太郎と夫人と犬とで住みたいと連絡があったのだという。三國連太郎60歳代のころ。世田谷に自宅があるが、地方ロケの時に、一軒家を留守にするのが不安なので、そこを他人に貸しておいて、しばらくの間アパートを借りたい、という話であった。愛犬と暮らせるアパートがなくて、困っている事情があった。
 しばらくならよいであろうと、承諾した。三國一家が挨拶にきた。連太郎は大柄でがっしりした身体をしていた。犬の名は小太郎で、夫人は連太郎より25歳年下と教えられる。
 居をかまえた三國のこの時期の出演した映画作品は「マルサの女」、「利休」以下、多くあったという。「マルサの女」の教祖役の時は、ちょっと怖い雰囲気で、「利休」のときは穏やかな人柄の雰囲気であったという。
 越してきて間もなく「釣りバカ日誌」が始まった。ロケに使った魚のお裾わけが幾度もあったこと。夫人が方角よいというように、その間、「利休」「息子」で日本アカデミー賞主演男優賞を2度も受賞したという。アパートは、知る人ぞ知るで、釣りバカの「スーさんの家」と噂された話など、今は亡き名優のエピソードで興味尽きない。
【「福島弘子さんのメガネ」志津谷元子】
 同人仲間であった福島弘子さんが亡くなって、彼女との交際の思い出を語る。独身を通し、小説への情熱を絶やさないその人柄と、作者の思いが伝わる姿見の良い鎮魂の章に読めた。
【「野尻湖の家」菅原治子】
 ある主の余裕がある家族が、野尻湖畔に別荘を持つまでの家族の過程が描かれている。ある意味で、かつての家族がもとまって、一体感を維持していた時代への郷愁の物語。
 そのなかで、思春期の豊という長男の家族的なまとまりに反抗し、個人としての自己主張をすることに、母やが神経を尖らすとことが、本題となっているようだ。
 その他、エッセイや掌編があるが、それぞれ文章に習熟した書き手が多く、それぞれ来てきた時代のさりげない日常を題材にして、感慨を与えるものが多い。
 発行所=220?0055横浜市西区浜松町6?13?402、舟田方、婦人文芸の会。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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「婦人文芸」95号(横浜市)

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2014年11月21日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「白いカバンの記憶」野中麻世】
 眞藤という警官の視点で、窃盗事件の記憶を語る。容疑者に白いスカートと白いカバンの女があがった、状況だけで、これといった証拠はなにもなく、犯人がみつからなかった。事件捜査で彼を尊重してくれた望田という刑事が国会議員になった。彼の妻として紹介されたのが、窃盗事件を調べた時の白いカバンの女性であった。その後、その妻が万引き事件を起こして、友人は議員辞職する話にからめて、警察官時代での望田との剣道修業に汗を流した時のことを回想する。
 ミステリー風の肩の凝らない読み物である。散文技術として、話の場面印象づけのつなぎ方がうまい。
発行所=〒220―0055横浜市西区浜松町6?13?402、舟田方。「婦人文芸の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎

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「婦人文芸」93号(東京)

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2013年4月17日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「まだたりない悲しみ」北村順子】
 同人誌にはめずらしいた登場人物ごとの視点移動を多用した物語。構成にも気を配って、創作者としての意欲が伝わってくる。木村より子は離婚して、独身の年配者。さびしく人恋しい心を隠しているか、意識していない。堀部健介という男は、サラリーマンをしていたが、先輩社員が事業を起こすと誘われるが、結果的に出資金を騙しとられた形になり、人間不信をかかえて浄水器のセールスをしている。彼が女性関係を避けるために結婚しているように指輪を、周囲に家庭のあるように真に迫った架空の話をするのが面白い。さらに夫のある有閑婦人と密かに情を通じてもいる。
 3人の人物の登場で問題提起があり、それにどういう答えをだすか、その答え方を読者は味わうわけだが、この作品では3人の触れ合いの思い込みを判れというはかなさで、答えをだしているのに少々驚かされた。しかし、読者としては納得されられ、説得されたので、やはり巧みな筋運びという感じがする。

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「婦人文芸」89号(東京)

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2011年5月 4日 (水)、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「太宰治とその死」菅原治子】
 太宰治といえば、小説の巧さは天才、私生活は無分別で定評のあるところ。それに対し、著者は生活者として分別のあるところを冒頭からぴしりと表現して、それが何を語るのかと、まず興味を掻きたてる。そのセンスの良さにひきつけられて読み進む。太宰の死への向かい方が、分別をもった視点で再編成するとこうなるかと感心させられていく。
 太宰がその場の空気ごとに、誠実に対応するが故に、その場面と別の場面との世俗的関係性に一貫性を欠き、矛盾を招く状況が見事に浮き彫りされてゆく。現在ならばKYが読める人間としてスターであり続けた作家なのかもしれないと思わせる。真正面から太宰治の性格に照明をあてた説得力のある評論であった。
【「十字路」淘山竜子】
 働きながら大学院に通う若い女性の生活とその環境を描く。現代風俗小説に読めた。小説として書くべきところを、意識的に欠落させているらしいところがあり、それがどういう創作感から来ているのか、短いのでわからないが、手法として謎めいた印象を残すので、ちょっと変わった趣向の作品として印象に残った。
【「またも、ヘアダイ騒動」秋本喜久子】
 語りの面白さに天性の才気を感じさせる。同時に、こうでなきゃあね、と書く姿勢に共感を感じさせる。
【「追悼 井上やすし先生」野間悠子】
 井上やすしの日頃の活動の有り様を知って興味深かった。インターネット情報について、「インターネットからは何ひとつ情報を得てはいけない。ロクな情報はない」と、説いたそうで、同感である。自分でも、書いていながら、扱いに困惑することがある。もともと、これもメディアであるから、それら全般について、利用すべきもので、信ずるものではないということが言えるかもしれない。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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「婦人文芸」第88号(東京)

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2010年5月17日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【エッセイ「かけがえのない小説との出会い」河内和子】
 翻訳家である作者が、辻邦生著「春の戴冠」という956頁からなる大作について、その感じるところを書いている。いろいろの人脈の縁もあるが、何よりもイタリアに魅せられ「ホームステイのイタリア」(参照:ホームステイのイタリア・サイト)という著書をもつほどのイタリア好きである。そこからサンドロ・ボッティチェルリの生涯を主題にした「春の戴冠」の文章表現と辻邦生の作家的な体質について、詳細に語っている。「それまで日本人が書いた外国人を主人公にした異国の歴史小説を読むということに抵抗感があった。日本人が外国人になりきれるものだろうか」という素朴な疑問が現地イタリアを知ることと辻邦生の文章表現力に魅せられていく過程がよくわかる。
 なんといっても、日本人は私小説が文学の原点となる風潮がある。辻邦生には「安土往還記」という戦国時代のものがある。その語り手が渡来したイタリア人船員という設定で信長を描いている。現在は時代小説が売れるという傾向のなかで、売れてもいいはずだが、その設定と純文学的な文章で、脚光をあびることはなさそうだ。辻の幻視的で人生の虚無的な暗黒を凝視した作風など、いろいろと思いをめぐらすことの多いエッセイである。(参照: 「詩人回廊」河内和子の庭)

 本誌にはその他「シナリオ」音森れん、「何でもない一日」土佐絹代、河田日出子「キャサリンとの日々」などの小説もある。「キャサリンとの日々」は、ヴァージニア・ウルフというマニアックな作家について書いており、私も「波」を読んでいるが、愛好家が健在だなと思わせる。
 都築洋子「エンゼルフィッシュ」は、出だしが「下腹部のあたりで何かがはじけるような感覚とともに目が覚めた。/『金魚?』」というセンスがいい。読者の眠った神経をたたき起す工夫がある。やはり人間は共通の五感の感覚があるのだから、文章表現にそれらを活用しない手はない。

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「婦人文芸」87号(東京都)

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9月5日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「思い出の人」淘山竜子】
 由子は大学を出て上京し、八年同じアパートに住んでいる。その日は、会社休んでぶらぶらしている。すると、以前、羽田空港に近い埋立ての京浜島付近のバーべキュウのときに一緒だった安島という男に出会う。別れてから、グーグルマップで偶然、自分のアパート周辺をみたのであろうか、そこに安島嶋というあの男が、アパートの郵便物を取り出そうとしているのが写っていた。もし、この思いつきのような話だけであったら、ずいぶん冗長に書いたものである。また、冗長なところに意味をもたせたとしたら、ずいぶん風変わりな作品である。

【「マユミ・散骨の島」麻井さほ】
 海に入って自殺をはかった若者が、40歳代の離婚した中年の女性に助けられ、島のようなところで過ごすうちに恋に落ち、愛の生活の中で生きる喜びを取り戻す。それが「僕」の視点で語られる。やがて、女性は「僕」の子どもを産むが高齢出産で、命を落とし「僕」は取り残される。
 現実離れしたロマンチックな物語だが、その思いが物語の筆づかいに反映されていて、ロマンが描ききれている。

【「旅行記―トリノ終日(ひねもす)2008年冬のホームステイ」河内和子】
 翻訳家でイタリア語が堪能な作者が、トリノの60代の女性のところに7泊のホームステイをするレポート。物事の細部を書き慣れているので、その詳細が具体的で大変面白い。イタリア人の生活と風物が楽しめる。話の節目に段落か小見出しを入れたら、もっとイメージが明瞭になるような気がした。それにしても、記憶力と語る力のつよさをもった人である。

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「婦人文芸」86号(東京)

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文芸同志会通信」<2008年12月21日 (日)付より転載>

【「幸せのかたまり」菅原治子】
 左枝子は結婚して3年目になるが、子供ができない主婦である。東京の都心に住んでいたのが、結婚して、横浜の丘陵地帯の開発地の1戸建てに住むが、本人も身内も、都落ちした気分になる。
 彼女は2人姉妹で、姉の高子は、養子をとり、父親の会社の後継となった。三年前に、左枝子が結婚すると、大きな家に母一人で住むのは不経済だからと、姉夫婦が今まで住んでいたマンションを売り、母親の実家を相続し母親と同居。左枝子には父の遺産として、横浜に小さな庭付きの建売住宅を買ってくれた。と、あるのだが、後半になるとローンを払っていることになるので、つじつまがあわないところがある。
 それはともかく、庭付きの家を買ってもらったということがわかると、昔の同級生が金を借りにきて、返してくれない。そこに、姉が引っ越すので、母親を預かって欲しいといってくる。抵抗感があったが、引き取る。すると、母親との同居生活はなかなか大変なことになる。
 こうして、肉親の感情的で、身勝手な論理の、うっとうしいやり取りが、細かく描かれる。女性でなければ書けないところである。悪人ではなく、根が善人で身勝手な肉親の表現は抜群で、男には読んでいて苛立つところがある。
 そのなかで、左枝子が、そうした女同士のやりとりや駆け引きに負けると、夫が優しく支えてくれる。彼女はそうした夫に愛情が高まり、夫婦の仲が濃厚になる。そのせいか、妊娠していることがわかる。女同士の世界を描いて、興味をそそりながら、タイトルのように、うまく予定調和的なハッピーエンドでまとめている。

【「公園のベンチ」淘山竜子】
 「夏にランニングをするのは、容子のこの数年の習慣だった。」こうした表現から小説ははじまっている。短編であるから、このはじまりが意味することを、読者は予感として受け取ろうとする。それから東京郊外の公園を舞台に、35度を超える真夏日に、ジョギングしている最中に見た風景を描いていく。そして別の日の真夏日に、また走る。後半部では、児童虐待をしてしまう親の話を聞く。その社会現象は、しかし、容子にはあまり関係がなさそうだ。真夏の昼にジョギングをするくらいなので、容子に自虐的な心理があるのだろうが、年を重ねても成熟しない女性を描いたようでもあり、謎解きのような作品に読めた。

【エッセイ「書くためにすること」河内和子】
 20年前に英米小説の翻訳家であった作者が、出版社から新しい小説の依頼を受けたが、自分の文章表現力をもっと磨こうと思う。そこで、横浜の朝日カルチャーセンターのセキカワ・ナツオ先生と、ヤマグチ・ブンケン(フミノリ)先生の指導を受ける。書いたものの添削をそのまま記録しているのが、実際的で面白い。作者が指摘された添削の箇所を読むと、自分も同じツメの甘さを始終していることに気づき、大変参考になった。反省して、気をつけよう。

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