2017年8月アーカイブ

2017年8月 4日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「冬の虹」渡辺光雄】
 1964年の昭和の東京オリンピックが開催される前年。過疎地となった東北の小学校に赴任した若い教師の奮闘記である。経済高度成長の勢いがあった時代ではあるが、そこには、大都市に人口が集中し、農業や炭鉱の産業が置き去りにされた現実がある。
 その地域で、義務教育の平等性をも守って戦った教育者としての矜持を描く。実体験なしでは書けない、数々のエピソードを力強い筆致で展開する。人々の因習と貧困のなかでの物語には、読者をひきつける魅力がある。同時に、豊かさに溺れ、ゆるんだ生活意識との生命力の衰退を感じないわけにはいかない。自然に輝いていた昭和時代の精神と、無理に輝きを作りだしているかのように感じる平成時代を感じてしまった。なぜか、胸につまったものがある。それは、現代におけるこの国の変わらぬ「貧しさへの認識である。
  田坂広志・多摩大学大学院 教授はメッセージメール「風の便り」(96便)で説く。「何年か前、参議院の参考人として招かれ、 議員の方々から、次の質問を受けました。ーー 国の「豊かさ」とは何でしょうか。どうすれば、我が国は、「豊かな国」になることができるのでしょうか。ーー この質問に対して、心に浮かんだのは、 ただ一つの思いでした。 我々は、どこまで豊かになれば、自らを「豊かな国」と考えるのだろうか。その思いでした。ーー
 半世紀を超えて戦争のない国。世界第三位の経済大国。最先端の科学技術の国。世界一の健康長寿の国
 世界有数の高等教育の国。ーー
 人類の歴史を振り返るならば、 かつて、こうした境遇に恵まれた国は、この地球上に存在したことはなかった。
 我が国以上に「豊かな国」は、かつて、存在したことはなかった。そのことに気がつかない。それが、この国の「貧しさ」なのかもしれません。2003年9月1日(田坂広志)。
【「橋を渡った女」牛島富美二】
 教師をしていた高浜が、図書館で昔の教え子の容子と偶然出会う。その容子が、誰かに殺害されていることがわかる。その推理を高浜がするという設定。高浜の視点と容子の視点が別になったような感じで、違和感を感じるところに妙な味わいをもつ。ミステリーでないという前提で読めば、の話だが。
【「再読楽しからずやーウイリアム・フォークナー?ミシッピー」近江静夫】
 アメリカ文学のフォークナーを読まずして、新しい文学の発想はないと思わせるほど、その手法の研究による日本文学への影響が大きかった。懐かしいと同時に、トランプの人種的差別主義で、再び脚光浴びるのかも知れない。アメリカ社会と文学の関係を再認識させるかもしれない、興味深い評論になりそう。
 発行所=〒981-3102仙台市泉区向陽台4-3-20、牛島方、仙台文学の会。
 紹介者=「詩人回廊」北一郎

カテゴリー:仙台文学

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