2017年8月アーカイブ

2017年8月24日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌の編集後記で、ドイツ文学者の松本道介氏が亡くなっていたことを知った。私が会員制情報誌「文芸研究月報」を発行している時に、便りをいただいた。そこの時点から同人雑誌作品紹介を行っていた。当時は、会員だけの印刷物だから、文学精神に欠けた作品の典型があると、遠慮なく批判した。それが、意に適ったのか、著作を贈っていただいた。「季刊文科」の編集部に草場影郎氏がいた頃である。松本氏はドイツ哲学にも詳しいようであったが、文学畑の読者には、それを理解されたような形跡がなく、雑誌「文学界」の同人誌評も大変なのであろうと、想うところがあったものだ。
【「幻の薩摩路」藤民 央】
 書き出しは平成27年に高校の「喜寿記念同窓会」があってそれに出席したことから始まる。それを足がかりに、過去の回想のなかで、薩摩人の風土的な傾向を述べる。平成28年に「私」は、高校の教師をしていた時の女性と出会う。現在の停滞した生活から、過去の人生の越し方を回想するように出し入れに工夫をし、単調にならないように工夫をしている。特に第3章に歯のインプラントをしない話や、亡き父の幻覚を見るようなところで終る。自己生活史的散文から文学性の世界に入ろうとするところで終る。
【「戦わざる日々」逆井三三】
 幕末の幕府の老中、板倉勝静の江戸城無血開城に、蔭で貢献した人物としてその仕事ぶりを描く。歯切れのよい文体で、わかりやすい説明が説得力をもつ。歴史的な背景の解釈には多様性があるようだが、外圧だけでなく、と国内の飢饉的な情勢があったことを強調しているのは、説得される。 
【「濃霧」難波田節子】
 康介は、結婚して妻の宏美は妊娠中である。しかし、彼には幼馴染みで従妹の梨花との関係が続いている。これは家族愛的な近親的恋愛であることの表現力は流石である。それだけに絆が強く、簡単には関係が清算できない。とくに梨花には、康介と別れる気持ちは持てない。妻の知らないところで、康介と梨花の関係は泥沼状態になる。この行き詰った状態を手厚い筆法で、描く。小説巧者であるこれまでの作者であったら、手際良く主人公の心理を創って、きれいにまとめて治めてしまうことも可能であるはず。意外にも、作者は人間の情欲の業のようなものにとりついて、生き詰まるところまで行きつく。いや、どうなるかわからない。壁に当たる。壁にあたるということは、作者が前に進んでいることを示す。普通に、読み物として読むと、終わりのない話になるかもしれないが、純文的に読むと、書き続けると先があるものだ、と作者の今後に期待する気になる。文学とは、面白いものである。
発行所=〒215?0003川崎市麻生区高石5?12?3、永井方、「遠近の会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

カテゴリー:季刊・遠近

2017年8月 4日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「冬の虹」渡辺光雄】
 1964年の昭和の東京オリンピックが開催される前年。過疎地となった東北の小学校に赴任した若い教師の奮闘記である。経済高度成長の勢いがあった時代ではあるが、そこには、大都市に人口が集中し、農業や炭鉱の産業が置き去りにされた現実がある。
 その地域で、義務教育の平等性をも守って戦った教育者としての矜持を描く。実体験なしでは書けない、数々のエピソードを力強い筆致で展開する。人々の因習と貧困のなかでの物語には、読者をひきつける魅力がある。同時に、豊かさに溺れ、ゆるんだ生活意識との生命力の衰退を感じないわけにはいかない。自然に輝いていた昭和時代の精神と、無理に輝きを作りだしているかのように感じる平成時代を感じてしまった。なぜか、胸につまったものがある。それは、現代におけるこの国の変わらぬ「貧しさへの認識である。
  田坂広志・多摩大学大学院 教授はメッセージメール「風の便り」(96便)で説く。「何年か前、参議院の参考人として招かれ、 議員の方々から、次の質問を受けました。ーー 国の「豊かさ」とは何でしょうか。どうすれば、我が国は、「豊かな国」になることができるのでしょうか。ーー この質問に対して、心に浮かんだのは、 ただ一つの思いでした。 我々は、どこまで豊かになれば、自らを「豊かな国」と考えるのだろうか。その思いでした。ーー
 半世紀を超えて戦争のない国。世界第三位の経済大国。最先端の科学技術の国。世界一の健康長寿の国
 世界有数の高等教育の国。ーー
 人類の歴史を振り返るならば、 かつて、こうした境遇に恵まれた国は、この地球上に存在したことはなかった。
 我が国以上に「豊かな国」は、かつて、存在したことはなかった。そのことに気がつかない。それが、この国の「貧しさ」なのかもしれません。2003年9月1日(田坂広志)。
【「橋を渡った女」牛島富美二】
 教師をしていた高浜が、図書館で昔の教え子の容子と偶然出会う。その容子が、誰かに殺害されていることがわかる。その推理を高浜がするという設定。高浜の視点と容子の視点が別になったような感じで、違和感を感じるところに妙な味わいをもつ。ミステリーでないという前提で読めば、の話だが。
【「再読楽しからずやーウイリアム・フォークナー?ミシッピー」近江静夫】
 アメリカ文学のフォークナーを読まずして、新しい文学の発想はないと思わせるほど、その手法の研究による日本文学への影響が大きかった。懐かしいと同時に、トランプの人種的差別主義で、再び脚光浴びるのかも知れない。アメリカ社会と文学の関係を再認識させるかもしれない、興味深い評論になりそう。
 発行所=〒981-3102仙台市泉区向陽台4-3-20、牛島方、仙台文学の会。
 紹介者=「詩人回廊」北一郎

カテゴリー:仙台文学

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