2016年1月アーカイブ

2016年1月30日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【仙台文学】
  「仙台文学」(仙台市)の牛島さんは東北学院で教鞭を執っていたそうです。私の父親とは年の離れた同僚だそうです。以前に文芸同志会通信に作品紹介した時にその旨の私信を頂きました。姓は「ごとう」さんと読むそうです。私も仙台市出身です。地方色豊かで文芸雰囲気も香る異色の仙台文学が毎号届くのが楽しみです。
 ☆87号作品・「戊辰の港?仙台維新譜?遺聞?」牛島富美二= 連続掲載中の作品ですが、一話毎に独立した筋があります。 明治維新に不服で抵抗する東北地方への新政府軍征伐の戊辰戦争を仙台からの視点で書き続けています。
今回は原釜港が舞台です。ホラ藤の仇名のある藤右衛門と言う怪力の港湾人夫の活躍が綴られています。
入港した船には江戸相撲の一門が居ます。大相撲の前身の本格相撲取りが見世物共興で儲けに来ました。
その主力力士の岩木山を投げ飛ばすホラ藤の挙動や怪力での振る舞いが面白く読み進めて引き込まれる。
討伐軍参謀・世良修蔵の前で力技を見せる事に成ります。以前にホラ藤に負けた岩木山の恋人も同席します。
酌婦として世良に取り入り恨みをぶつける女と、ホラ藤との顛末も良く出来た話として感心して読みました。
紹介者=町田文芸交流会事務局長《参照:作家・外狩雅巳のひろば》

カテゴリー:仙台文学

 「日曜作家」(大阪府)の大原代表は同好会や老人会ではなく、本格文芸誌を目指し向上する事を力説しています。
 編集後記で?ちまちまとした同人誌ではなく、中央文壇で注目されるような文芸誌に発展させたい?と意気軒高です。以前文芸同志会通信でその紹介を掲載したら早速全文を再掲載してくれました。
 ☆13号作品 「野に遺賢あり」大原正義=楊貴妃を愛した玄宗皇帝の唐の時代が背景です。宰相や忠臣が繰り広げる対立が書かれています。
  出世争いで次々に蹴落とされる大臣。蹴落として成りあがる大臣も凡才。国を憂い、直言する臣下の意見が科挙に繋がる。
  中国の「科挙」制度で、在野の人材活用が叶うまでの経過紹介と読みました。古書から取った題材を脚色している作品です。作者の言葉が有ります。現代は右傾化していると書き為政者の思惑どうりにはなりたくないと動機を述べています。

カテゴリー:日曜作家

2016年1月22日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

去年の夏の発行なのに、だいぶ日が経ってしまった。紹介したと思い込んでいたらしい。
【「米と懐中時計」藤井美由紀】
 小説はどう書いても良い、とはいうものの、できるならすんなりと物語のなかに引き込まれたいものだ。内容は戦時中に朝鮮人の李が、のどかな島にたどり着き、島の人情に触れる話。読みだしから安心して話に入っていける巧い小説である。
【「ぼくの帽子」宇津木洋】
 何かを書かなければ、と思うものの、さて何を書こうか、と思案した作者は、かつても試したように、インターネットを開いて、その情報の宇宙から、素材を見つける。情報がありすぎる中で、ここではたまたま手元にあった西条八十の「僕の帽子」を素材にする。「母さん、ぼくのあの帽子 どうしたでせうね」のあの詩である。
 こういう試みは、読者を感性でどこまで楽しませるか、表現力で勝負をするようなところがあるので、大変有意義に思うものである。今回は、森村誠一の「野生の証明」を書いたいきさつを語った談話の方が力強さあった。言葉の強さに性質の違いがあるが、力を抜いた文章でも、完成度を上げることはできると思う。
【「梅雨の晴れ間」北原文雄】
 これも方の力を抜いた文体で、隠居的の農作業の細かい体験と文学の文化的精神にあふれた話を淡々と描く。枯れたといえば枯れた作風ではある。
【「白球は死なず」大鐘稔彦】
 野球のスカウトマンの主人公が、東大の剛腕投手の活躍ぶりを描く。六大学野球の中でも、現在は負けがほとんどの東大が現実だが、ここでは優秀なピッチャーが、その進路を巡って迷う姿を追う。昔、そのようなモデルになる選手が実在したと、後書きにある。長く真面目に丁寧に書いてあるが、読み終わるとなぜか疲れた。
【「インターン制度廃止闘争始末記」三根一乗】
 当時の経緯がよくわかる話で、善かれと思ってしたことで、不遇になる人もいる。社会性をもっているので、報告書的になり、読んでいて長い感じがしたが小説でないと思えば仕方がないのかも。
【「受験奮闘記」鈴木航】
 あまり成績優秀ではない高校生の大学受験の記録で、これは身にしみて興味深かった。とくに夢にまで見るところにその気分がよく表現されている。
【「父の詫び状」樫本義照】
 父というのは主人公のことで、自分は障害者施設で働き、結婚し子どもができるが、夫婦の間に溝ができ、妻は実家の料理屋の女将の役を継ぐため、別れてしまう。夫婦喧嘩をすると子供が心を痛める様子など、しみじみとするものがある。こうした結果になった要因に、世間の目という日本社会特有の目に見えぬ圧力があったのではないか、という視点を入れるなど、味わい深いものがある。
発行所=〒656?0016兵庫県洲本市下内膳272?2、北原方。淡路島文学同人会。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

カテゴリー:淡路島文学

2016年1月16日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 今号もそれぞれ、面白い試みをしたものや、手堅い手法の作品など、充実していて、読むのに時間がかかる。同人誌ばかり読んでいるわけにいかないので、よみ逸らすものが多い。今号は全体に、同人雑誌に書く作家的な立場を活かした作品が、いくつかあって、同人誌作家文化という空気を強く漂わせいるという印象が強い。
【「風にすべてを委ねたら」赤井晋一】
 語り手の「僕」は、通勤の途中で、高いビルから人が落ちるのを目撃する。しかし、その現場にかけつけると、そのようなことがあった気配はなく、通行人も何事もなく、行き来している。そういうおかしなことを経験するのが、たびたびである。アンチリアリズムのものにしては、いかにもありそうな妄想として、面白く読める。その原因が、自分が両親に望まれて生まれたわけでない、という幼児期の記憶にあり、自己存在の根拠をもてないでいるというところにあると受け取れる。「僕」は「彼」となって自分を第三者的に眺めるようになる。人称が入れ替わっても、同じような自己存在の浮遊性を描いたように読めた。
【「蝉の声」南遥】
 素子は、小学一年生の塁が、水遊びの最中に水死してしまう。その喪失感が、ちょうどその時、素子が夫や周囲に内緒である若者とデートをするために待ち合わせをしていたことに罪悪感を持っている。順次に段取りをもって丁寧に書いているため、かなりの長さになっている。テーマの割には長くなってしまったのは、本来の表現したいところになかなか到達できなかった、というのがひとつ要因かも知れない。作者自身の認識が固まっていないのかも知れない。長所と短所が同居した作品。
【「渓流」高畠寛】
 定年退職後の男の生活の課題である、仕事で結びついていた社会との関わりをどうするか。健康であれば、まだ20年もある人生をどう生きるか。こうした問題意識に触れながら楽しき読ませられた。かなり長いが、説得力をもった話運びで、深刻ぶらずに面白く読ませる。妻とは疎遠になるが、若い女性との接触もある、男のロマンを満たす羨ましいような、心楽しませるところのある作品。主人公は同人誌作家であることが、洒落者のように描かれているのが、本誌の雰囲気をよく表している。安定した創作力に、一歩抜きんでたものを感じさせる。
【音楽紀行「ライプツィヒの背骨」木村誠子】
 散文精神に満ちた表現力で、さりげないなかに味わい深いものがある。一つの文学な形式として、楽しく読める。エッセイはこうありたいと、思わせる。
【「同人誌評(文校関係誌)」善積健司】
 関係する同人誌の作品を批評的、感想的な読後観察記にしている。同人誌には同人誌世界でのジャーナリズムがあって良いと思う。それを確立させるためには、質量における個性的なジャンルにしてゆく必要があるのではないか。
 発行所=〒536?0016大阪市城東区丸山通2?4?10?203、高畠方。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

「文芸多摩」第8号(町田市)

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2016年1月 7日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 戦後70年を総括する2015年12月発行。この年にふさわしいと思える。執筆者たちが戦前の軍国主義社会と、戦中・敗戦と、そして平和国家を信じてきた末の現代までの生活体験を記録しているからだ。これらの世代の生活記録がしっかりと表現されている。編集後記などによると「民主文学」の同人誌で、社会思想に傾斜したグループなりの意見の相違がでているようだ。ただ、社会は段階的に発展し、その時代を、一人一人の思想と行為によって支えられるという、個人存在への確信が、無気力やニヒリズムからの脱却を実現しているといえるであろう。
【「地図から消えた町」大川口好道】
 沢村英二は小学校六年生まで住んでいた池袋の町を訪ねた。その町名は、今はない。昭和二十年の米軍機の空襲で焼け野原になり、敗戦後は町名が変わったのだ。東北の疎開先から上京したが、生活に追われ訪ねる機会がなかった。焼けた氷川神社は、戦後再建されたため、小ぶりで威厳もこじんまりしている。その近くの箪笥屋に、可愛い少女がいたが、その家も今はない。懐かしさもそこそこに、疲れて帰ろうとすると、路地から自転車に乗った美少女が、さっと道を横切り消える。見間違いか、幻影か? 情念の生み出す個人的意識の流れを美的に表現して、巧みな技を見せる。
【「新しい門出を求めて」高橋菊江】
 牧子は、20代の初めから「鬼畜米英に負けるな」というスローガンの下で軍国教育を受けてきた。そして大平洋戦争敗戦後、休校していた東京のN大学から授業再開の知らせを受ける。しかし、女性の地位向上に関心のない旧い慣習に従う父親は、不機嫌である。さらに、卒業後ジャーナリズムの道を歩むことを志望していたのに、担当の教師から、成績がよくないので、別の優秀な学生を推挙するという。そうした困難な未来を目の前にしながら、果敢に自分の道を歩もうとする、その時代の女性像を描く。
【「今が一番だ!」佐久健】
 八十代半ばを過ぎた夫婦ふたりの生活をする恵介。現在は多摩丘陵の自然に囲まれた健康の良い環境に住む。三度の食事がおいしく食べられる現在の幸福を感じながら、ここに至るまでの過去を振り返る。その一部を引用する。
「恵介は昭和四年(1929年)生まれ二年後には中国東北部への戦争(満州事変)がはじまっていた。小学二年生の7月には、中国全土への侵略戦争(支那事変)が広がり、恵介が小学校(国民学校)六年生のとき、米、味噌、醤油など配給制になった。徳島のように比較的食べ物の余裕のあった地方でも、食べ盛りの子どものお腹が満たされることはなくなってきた。《欲しがりません勝つまでは》という標語が国をあげて張り巡らされており、食べもの限らず、ものが欲しいということは公には言えなくなった」
 この現象を経済政策面でいうと、一般民間人消費を抑制し、その生産力を軍事産業に特化させたのである。軍需産業とその従事者は儲かった。しかし、国の経済は、無駄使いで疲弊する。人々が食うものも食わず無料奉仕した富が税金となり、税金に保障された軍部と官僚だけが、その味をせしめた。その経験は、現代でも生かされ、どんな不景気がきても、税金からくる金が売り上げに充てられる企業と、官僚だけが潤うシステムが生きている。
 この戦前戦後の時代を生きぬいた作者は当時にくらべ「今が一番だ!」というのである。そこに一片の皮肉を込めながら。
【「小さな勇気」木原信義】
 小学校の教員を三十八年勤めて、定年退職。町内会のめんどう見役をする主人公。国の教育政策が現場の教員を苦しめてきたため、その現場から離れてほっとした面がある。社会意識は旺盛で、その後も日比谷公園音楽堂の集会に参加したり、憲法9条を守る思想のNPO団体の行う安倍政権安保法案への意見シールアンケートなどを手伝ったりする日常が描かれる。そして、一人ひとりの意見活動の集まりが社会を動かすことを確信する。
 発行所=〒194町田市金森東2?26?5?111、民主主義文学会、東京・町田支部代表、大川口好道。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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