2015年8月アーカイブ

2015年8月27日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【旅行記「2015ワルシャワの心臓」木村誠子】
 作曲家ショパンが好きで、ポーランドに行った話。結局、ドイツ人によるアウシュビッツ、ロシアからの侵略など、隣国の軍事力に翻弄される小国の運命の歴史を再確認する旅となったようだ。ショパンがパリで生活し故国に住むことがなかったというのは、そうかと、考えさせられた。
【「夏(オムニバス)高畠寛」
 「五月 満員列島」は、日本が夜になると海底に沈み、朝になると浮上するという設定で、俯瞰した日本人生活論を、乾いた視線で描く。じんわりとした文章で、クールジャパン的な日本自慢的世相を皮肉っている。テレビのバラエティなど、コンプレックスを意識した「日本の恥の文化」はどこに行ったのか。自慢文化の裏返しだったのかと思わせるほど。共感し面白く読んだ。「六月 水入らず」息子を失った夫婦の生活を活写しながら、しんみりとさせる。筆致の感覚に鋭さが見えて、文学的に優れている。「七月 夏の朝の事」亡き父親の登場の仕方が、自然で異界と現実の融合させる表現に優れていて、どれも面白い。オムニバスだが、全体を通して、作者の自由な精神がよく活動していて、雰囲気が一貫している。
【「桜&桃 イン・ジャパン」細見牧代】
 カナダへの移住権をすぐもらえると思っていたら、それが手続上、延期になって、とりあえず亭主を置いて、赤ん坊ともに帰国する。そんなこともあるのかと、面白く読んだ。人さまの生活事情を知ることは面白いものである。
【「ゼロの視界」山田泰成】
 かつて信用金庫の支店長をしていた父親が、退職後に認知症になる。息子の「私」は、銀行員をしている。銀行の仕事や預金者とのトラブルの様子が細かく描かれていて、興味深い。認知症の父親は、脳血栓で意識不明になり、入院となる。兄弟はいるが、どこも余裕がない。「私」父親の介添えと仕事の両方をする。疲労困憊する。この出口の感じられない状況を「ゼロの視界」としたのであろう。
 父親は先の見込みのない患者専用の病院に移り、亡くなる。銀行のトラブルを解決した「私」は支店長になる。ある程度経済的に余裕がある家庭のケースであるが、それでも、一つの介護の形として、参考になる。
【「片雲の風に誘われて」泉ふみお】
 団塊の世代の解説から、はじまる。定年退職までに、どのようなことを経験しているか、過去を伴った現在という設定で、面白く読みやすい。漠然とした題名にふさわしく、さしたることがないのだが、そこはかとない哀愁を感じさせる。
【「同じ月」善積健司】
 松江で、兄の恭が芥川龍之介と親しかったことから、弟らしい人の視点で龍之介の学生生活を描く。それなりに面白いが、文学的才能のあったらしい恭を描くのか、松江での芥川のことを書いたのか、歴史的資料から脱皮しきれていない感じ。
 他の作品も呼んだが、全部紹介していたら、ただでさえそうなのに、何をしているかわからなくなる。
発行所=〒545?0042大阪市阿倍野区丸山通2?4?10?203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

「みなせ」67号(秦野市)

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2015年8月20日 (木)(*)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 私が作品を読んで満足するには二つの要件がある。一つはロマンを感じ心を動かした時。もう一つは言葉に感じて心が豊かになった時だ。みなせ文芸の会が8月1日発行の「みなせ」67号には、そのどちらもがあり、豊かに満たされたひと時を持った。
【随筆「外浦」みずき啓】
 抒情たっぷりの叙事詩として言葉の感性に揺り動かされながら、二度続けて読み込んだ。半世紀も前の青春時代に陸地の端っこを訪ねた能登半島の旅を思い入れたっぷりに書くその文章に引き込まれた。―「外浦」は、行きずりの町である。―と最初と最後に書き、中に老婦人の民宿での一泊記を入れている。?ぽくぽく歩き出したのは、それは、そうなのだが。――等と書かれると私はすっと情景の中に入り込んでしまう。
【随筆「新説 記・記神話」小柏正弘】
  歴史のロマンに共感し読み進めた。二・三世紀の古代日本史の謎に挑み資料を披露する。日本人・日本国はどこから来たか?多くの研究があるが今だに謎が多い。著者の今後に大いに期待したい。
 発行所=〒257-0013秦野市南が丘5-3-16、 岡森方。
 紹介者=「詩人回廊」外狩雅巳

「法政文芸」第11号(東京)

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2015年8月18日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 法政大学の国文学科の別冊である。読みどころは「暮らしのノートITO」で紹介した。文芸コースから大学院の文芸創作プログラムに進んだ修了生・くぼ田あずさ氏が、第9回小説宝石新人賞を受賞したという。基礎的な文章表現力では、洗練されていて当然だが、娯楽物系への対応性も見せるというのは興味深い。
【「マリアへ捧ぐ眼」飯村桃子】
 主人公の学生「私」は、モスクワに短期留学する。現地での教会のマリア像の詳細なイメージと、生々しい存在感と美。「私」は、宗教に詳しくない、とあるのでクリスチャンではない。そこで見たキリストか、とも想わせる汚れにまみれた男との出会い。この観察的な表現と、心象イメージの拡張は何なのか。孤独と不安の実存的なイメージが感じられる。そして、帰国すると認知症になってしまった祖母。きめ細かい感覚の表現力は読ませる。具体的な生活上の細部でてくるが、それで「私」の実存的な存在感が高まるかというと、そうでもない。存在の危うさや孤独への内面的追及性が軽くなっているような気がする。
 とはいえ、人間の実存的な存在感の表現にせまろうとした作品に読めた。ちょっと、形でいえばリルケの「マルテの手記」を感じさせるところも。
【「群青の石」北吉良多】
 東武東上線の沿線の埼玉のどこかに家族と共に住み、東京の大学に通い、池袋にあるのかどうかはっきりしないが、中学生塾の講師をする主人公。就職活動は、うまくいかず、すこし焦りがないでもない。恋人がいてお泊りなどもするが、彼女と結婚することは考えていない。
 塾の生徒に、周囲から浮いて孤独な女子中学性の井崎がいる。ほかの講師仲間は、扱い難いと彼女を敬遠するが、主人公は内向的な彼女を気にはするが、それほど苦に思わない。
 井崎はその孤独な生活から、学校ではいじめを受けているらしい。そこで、東京に出ると言いだす。環境の変化への挑戦である。なんとなく生活し、就活をする主人公の自分自身への不満、未来への不安とそれが重なる。
 主人公は「心理学」を学んでいるが、現代の大学生性のなかで、自宅通学型の典型的学生生活状況がなかなか面白い。「心理学」では、職業選択での志望企業に茫漠としたものがあるのであろう。その茫漠さに主人公は不満をもって変わりたいと思う。「僕は真面目に生きたかった。狂った歯車を正すことはそんなに簡単ではない」と思う。就職すれば、日本的ビジネスカルチャーの社会的役割演技に適応するために奔走するのであろうが、大学生活のモラトリアム性への違和感への表現と読めた。
発行所=法政大学国文会。発行人・勝又浩、編集人・藤村耕治。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

カテゴリー:法政文芸

2015年8月13日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 中部ペンクラブのイベントについては「暮らしのノートITO・中部ペンクラブ9月30日に公開シンポジウム」に記した。
【「断たれた物語」竹中忍】
 俊一という27歳の青年が、入院中の祖父の見舞いをする。そこで、祖父から祖父の兄、国彦の日本の軍部独裁政権における基本的人権擁護派の男の孤独な戦いを語る。
 国彦は、昭和12年ころから始まった軍部独裁政権に反発し左翼運動に奔る。そのために愛する恋人しずえとの関係をも犠牲にする。そして、官憲の手で拷問、虐殺され、それを隠蔽するために検察が遺体を始末し、遺骨だけを家族に渡す。
 話は俊一が祖父や、国彦の恋人しずえからの聞き書きというスタイルで、大変読みやすい。作者の現代政情における危機感を、過去に重ねて伝えようとする意欲と、伝聞手法での制作の工夫がが感じられる。
【「蔵の中」本興寺更】
 本作は、第28回中部ペンクラブ賞受賞作。選者評が掲載されている。貸本屋に入り浸る次男坊の主人公や、隠居した父親が、長男に不景気による財政の悪化から、趣味につぎ込む金の節約を要請される話。江戸時代の武士のサラーリーマン的側面を描き、まったく、現代人の感覚を見ごとに作品中に投入している。変わった時代小説だが、平和で安心して暮らせる現代の平和意識の浸透を示す作品として、女性だからこそ書けるもの。記録すべき価値があると思われた。
 その他、公開鼎談「同人雑誌の光と影」は、伊藤氏貴、清水良典、清水信、各氏の文芸商業誌と同人雑誌の関係について、意見が交わされている。また、作家・吉村萬壱氏の講演「小説を書くという在り方」を遠藤昭巳氏が書き起こしている。どれも文芸表現の多様化した現状からの事情がわかる。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

カテゴリー:中部ぺん

「風恋洞」43号(秦野市)

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2015年8月11日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

  神奈川県秦野市の秦野文学同人会の「風恋洞」43号】は、二人の同人で84頁の文芸同人誌を八月一日付で完成させた。
  収録されている規約によると1980年に会費・名称・発行等々の細部が決定されている。以後年一回以上の発行を今日まで続けて居る事に成る。現在は二人になった会員は、小野友貴枝代表の強力な意志で作品を掲載し発行を持続している事がわかる。 その意志と意欲は作品「ハッピー」にも表れている。
【「ハッピー」小野友貴枝】
 悦子と美代の高齢姉妹の物語である。73才の姉、美代が独居する高円寺を訪ねる四歳年下の悦子の視点で描かれている。
 痴呆症が進行する美代の生活は年下の山崎が支えている。山崎にプロポーズされたから交際中だと強がる美代の可愛さが素直に読めて好感度のある作品になっている。
 夫との日常も空虚な悦子は、美代の生き方を豊かな老後生活だと満足気に描写する事でこの作品を深めている。
 小野氏はシナリオとエッセイも掲載して少人数の同人誌を盛り上げていて奮闘ぶりを頼もしく読ませてもらった。
 かっては盛んに活動した文芸同人会も高齢化は大きな問題で、解散した組織も多い。意欲的に作品を書き身銭を切って発行する事の困難さは当事者でなければわからないだろう。
  編集後記には75才になる自分の書き続けた日記の処分での困難な事例を挙げ乍らそれでも書く執念をにじませている。
【小説「学徒動員異聞」府川昭男】
 もう一人の同人は85才である。学徒動員の記憶を小説に仕立て20枚以上も掲載して同人誌としての体裁を支えている。
 身銭を切ると一言でいうが毎号数十万円もかかるのである。
 私の所属する【相模文芸倶楽部】は三十余名もの会員なので年二回刊行の同人誌に合計百万円近い出費を支えられるのだ。
 文芸同人会で発行された同人雑誌は会員や知人に配布する他には使い道も無い。数部は新聞社等の同人雑誌評係にも送付し作品評を期待するが全国からの多数中で僅か数誌が選ばれる。
 文芸同人会は数百もあるが他誌について興味を持つ処はすくない。仲間内での合評会を開きそこでの評価が全てである。
 その事に着目し近隣同人会での交流を企画している。他誌の作品を読みあい感想を交わす。これで各同人会の数倍の読者を得られ深く読まれ作品を巡る討論も行われる。
参照《外狩雅巳のひろば》

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