2015年5月アーカイブ

「マスト」第34号(尼崎市)

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2015年5月26日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌が発行されてから三月も経ってしまっている。遅まきながら、順番に後書きまで全部読み終えた。地下鉄に乗っていたので、読み終えたという達成感のあと、乗り換え駅を乗り越してしまったことが判ったときの落胆と疲労感は、なんとも言えないものがあった。
【「ミセレ―レ 憐れみたまえ」西野小枝子】
 主人公の僕は、失業をしていて、マンション管理の派遣パートタイムをしてた頃の、精神と生活の放浪記である。同居人の彼女がいて、パートで収入を得ているらしく、低収入でも過ごせる余裕があることがわかる。失業の状態を自由な猶予期間と考えている。「ハンナ・アーレント」という映画をみたり、薬物中毒になりかけの若者と知り合ったり、その見聞を記す。話はどこまでも流していけば続く手法。状況説明がわかるので、読みやすく面白い。かつてのビート族のような、現代放浪息子物語の形式。出会った出来ごと人々との交流から、それぞれの生活ぶりを問い尋ねることができる。そのためいくらでも長く書ける。非常に書きやすく、読みやすい手法で、終わりどころのないのが特徴。そうなると、作者センスと世界観が魅力的であることが求められるであろう。その形式のサンプルテキストとして最適のように思う。良し悪しを問われれば、良い方にいれる。
【小説「シンプル イズ ベスト」山脇真紀】
 太極拳の体験から、有段者になるのにどのような苦楽があるかを事細かに記す。この形式は、学校にある作文の、体験したことを手順に記し、終わりは「と、思いました」というパターン。ここでは「そうか、むずかしい太極拳も楽しみながらリラックスしてやっていくことにしようと思えた。」で、ぴったり形式に収まっている。現在読んでいる勝又浩著「私小説千年史」(勉誠出版)によると、日本人の小説のエキスは平安時代から盛んになった日記だそうで、たしかこれは日記小説。面白さはどうかというと、これだけ詳しく太極拳について知ることができれば、面白いことは確かである。
【紀行文「常念岳」大家翆娥】
 常念岳という山にに登った体験記で、形式は山脇さんと同じ。よく記憶したというか、記録したというか。その密度の濃さに驚く。書いていて楽しく充実していたに違いない。読んで面白いかと言えば、面白い。
【「湖の妖精」眉山葉子】
 エリカという、情熱に満ちた女性が、妻子持ちの男性と恋をする。てっきり離婚して結婚してもらえると思っていたのに、男は妻が妊娠したので、結婚できないと言いだした。そこで、愛に命をかけるエリカの波乱がはじまる。エリカの情念と肌合いの熱さを描いて、飽きさせない。面白くて楽しめる小説。大衆小説作家として有望な才気を感じさせる。これだけの情感を活かせる才気があるのだから、ミステリー小説を書いて公募に応じるのも、一つの道かもしれない。時流に合えばの話だが。
【「鈎の陣」松尾靖子】
 女性の境遇で大成金になり、その資金を有効に活かした女傑、日野富子を「私」としてその内面から描こうとしたものらしい。歴史小説である。お金は何時の時代も大事である。富子はうまく使って世の中を変えた、という説もあるが、ここでは反省的な感情が描かれている。
発行所=〒660?0803尼崎長洲本通1‐6‐18‐208、松尾方。「マストの会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

カテゴリー:檣 マスト

2015年5月18日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌は首都圏6箇所の販売寿にて販売されているという。「同人文芸誌」というのもいい。内容も社会性をもったものになっている。
【「食とは、真の健康を求める文化です! 名村静美・談」石渡均・松林彩編】
 この企画はジャーナリズムとして、5月日の「暮らしノートITO」サイトで取り上げさせていただいた。
【「薄紅色の、」石渡均】
 ある独身女性の男性との出会いと、彼との付き合いを断念する事情と心理、それだけを描いて、説得力をもってその心理を描出している。小説内の時間は1時間。短いが、母親の離婚や別離の時の情念を文学性をもって描き、読み応えのあるの良い小説に思えた。
【「東京大空襲被災記(2)」島田昌寛】
 これはこれで戦争風化防止に役立つが、こうした悲劇を起こしたことに対する因果関係の国際的な視野での位置付けも必要だなあ、と思った。もちろん国際的な因果応報論を視野にいれても、事情がどうであろうとも、原爆投下や東京空襲が国際戦争犯罪であることを主張することは可能なはず。
【「シャーウッド・アンダースンー心の奥にうごめくものー『ワインズバーグ・オハイオ』」田村淳裕】
 グロテスクになったと感じる人間を描いた小説の評論。作家が、無意識の予感のなかに社会が産業化する不安を感じた変化を読み取ったのかと、なるほどと納得した。断片的な散文という形式の短篇集についてであるが、あとに同誌に掲載されているポーの評論につながるところがあるような気がした。
【「ポーの美について(ノート)?(『ランダーの別荘』、晩年の求愛行為、ワーズワースの詩と自然観、等)」柏山隆基】
 グロテスク論を読んだのだが、こちらはポーと作者の美意識に関する論が、楽しそうに述べられている。美意識というのは複雑である。晩年のポーの女性関係にも話が及ぶが、気持ちよく読める霊性に関するディレッタンティズムとして読んだ。
【「アイの家」柊菫馬】
 気持ちいいことを、思う存分気持ちよく書いた小説。愛に満ちた世界は気持ちいいということか。ちょっと長い小説であった。
【「映画監督のペルソナ川島雄三論?」石渡均】
 2008年に執筆されたものだそうだが、JR浜松町駅の小便小僧の由来などがあって、なんとなく読まされてしまう。形式でいうと川島監督をめぐる心と地理的な旅の物語で、そのためか現在の時代との対照が楽しめる。今回は後半に味わいがある。
編集部=241?0825横浜市中希望が丘154、石渡方。「澪の会」 
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2015年5月16日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「僕の細道」藤民央】
 75歳の「私」が自分史教室の個人授業を受けるという設定で、その自伝を書くまでの経過が語られている。出来事や経歴をそのまま書いたようになっているが、実際は、斜に構えたというか、自己を客観化する文章に才気があって巧みである。前半部で、自分史のために「人生を振り返ると、どうしても嫌な過去が浮かび、書きたい気持ちをなえさせる」というのである。そして軽妙な文章で、実際には、重く暗さをもった過去を明らかにしてゆく。
 文章を教わるどころか、教えて欲しいほどの間合いの良さがある。読みながら、風刺精神に満ちた疑似私小説ではないか、とも思った。第一文学的素養が豊かである。しかし、婚外子の設定など、具体的な自分史に近いような細かい経緯があって、かなり事実に即したところがあるのかな、と思い直したりした。
 例えば、「私」の自分史を評して講師が「あなたは自分を小さくようとする。他人からバカにされて当然です」というところがある。これは文章表現のコツで、この作品の主柱となる優れた姿勢の筆法である。読者の優越感を誘いだし、作品を面白くしている要素である。それすら読み取れない人が文章の講師になどをしていることになる。事実を書いたというより、同人誌の小説やエッセイで、作者が偉くて善人で立派な人格者であることを前提してるものが多いのを揶揄しているようで、創作的な意図が見えるようところもある。
 身辺小説では、文章にひとひねりする工夫がないと、退屈で読まれないという事実を踏まえている。視線の低さと世間を揶揄する精神が、質を高めている。いずれにしても、読者は気軽に楽しみたいのだ。
 本来は昭和15年という戦前の日本での「妾は男の甲斐性」とされ、婚外子として出生した男の、運命を述べた重い主題があるのだが、重さ苦しさからさらりと身をかわして、軽妙に語れる文章力を発揮するところに、作者の真骨頂があるようだ。
発行所=〒215?0003川崎市麻生区高石5?3?3、永井方。
紹介者=「詩人回廊」北 一郎

カテゴリー:季刊・遠近

【「わが『残日録』あるいは『エンディングノート』小川和彦」
 大学の教授を退職後、同人誌の自家制作や家族の話、千葉から高知市への転居のいきさつ。78歳に至るまで活動が事細かにしるされていて、生活記録として、読み応えがあり、胸を打つ。小川氏には、以前から実生活から離れた文芸作品も発表してきた。それよりも、この記録の方が読んで面白い。だからといって、創作をするという精神性より必ずしも勝るというものではない、ということを感じた。やっぱり創作心というものには、精神の高貴さがふくまれるのでは、なかろうか。
【「迷走」杵淵賢二】
 刑事物で連載途中であるが、しっかりとした筆致の警察小説ミステリーを描いていおり面白く読める。
【「花のままで」坂本順子】
 若い女子社員時代に職場で、人間味あふれる上司が死の病に侵され、見舞いにいく。上司の奥さんのそれとない気づかいや、人生の儚さを巧みに描く。予定調和的な運びだが、書く方も読むほうも癒し効果がある。
【「雨宿」西村きみ子】
 夫を車で送り迎えし、自宅についたが雨が強い。夫は家に駆け込んだが、「私」は車庫入れして、雨の止むのを待つことにした。その間に、少女時代に父の生家を訪れた時、康夫という男の子がいて、一週間をともにすごし、寝床が隣になったことを想い起こす。その一夜の何事もなかった時間が、記憶に残っている。そして、夫の声で思い出のひと時から我に返る。ロマンを求める女心が意味深長な余韻をつくる。
発行事務局=〒781?8122高知市高須新町1‐1‐14、コーポ高須505号、小川方。
紹介者=「詩人回廊」北 一郎。

カテゴリー:文藝誌「なんじゃもんじゃ」

2015年5月14日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「豚小屋の礼節」木村誠子】
40年前に大学で同人誌「豚小屋を創刊。その文学仲間のその後の生活ぶりを、ぼくが訪ね行く話。40年もすれば仲間たちもそれぞれ変遷の人生を過ごし、運命に翻弄されている。これは村上春樹もどきだなあ、と思って読んでいると、「色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年」の引用が出て来て、ぼくはその文学に納得するという話であった。引用は、
――そのとき彼はようやくすべてを受け入れることができた。魂のいちばん底の部分で多崎つくるは理解した。人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷とによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を流さない赦しはなく、痛切な喪失を通りぬけない受容はない。――
 村上オマージュで、その作品引用をもって、作品の結論につなげるという、まさにシュミレーション小説である。春樹的比喩こそ不足しているが、この手法でもっても文学的小説になることを証明していて、その影響の受け方の事例として面白い試みに思えた。
 読み物の形式として、訪ね歩いて得た情報を記すというのが有効であるし、ジャーナリズムの取材活動に匹敵する、ということは幾度か述べてきたことである。
【「塩と石」善積健司】
 日本の自衛隊が海外に戦争に出たために、戦時情況となったらしい。中学だか高校だかわからないが、学校の修学旅行が制限され、出雲大社にいくことになる。その引率教師と生徒とのやりとりが長々と続く。近未来の風刺小説的だが、風刺にしては毒がない。登場する生徒たちも個性的であるが、それらの個性が戦時体制とマッチしないのが、面白いといえば面白く、世相の受け取り方のゆるさが、蔓延していることへの風刺にはなっているかも知れない。
 善積健司氏は5月に開催された文学フリマ東京で「大阪文庫」というサークルで出会った。文庫アンソロジー「幻視コレクションー語り継がれる物語の前夜」などに猿川西瓜という筆名で「私のマキナ」という幻視小説を執筆している。どうもこの作者は、うっちゃん(内村光良)のお笑い風刺系コント劇場が合っているようだが、まだ作風への自覚認識が届いていないように読める。才気が空回りしているような気がする。
 このサークルの他の文庫を見てみると、テーマを決めて同人誌仲間が短篇小説アンソロジー文庫にしているようだ。つまり善積名は伝統的な地域文芸同人雑誌を舞台にし、猿川名は、広域文学ファンでの短編小説作家として活動を行っているということになる。ひとつの文学活動の方向性を示すものであろう。
 発行所=545?0042大阪市阿倍野区丸山通2?4?10?203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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