投稿者:北大井卓午
【「父の背」谷本多美子】
自ら希望して心臓にペースメーカーを入れる手術をし、発熱などで入院が長引いて3か月にもなる父親を、彩子が、病院に見舞いに行き、父親の背中を撫でるところからストーリーは始まる。彩子が主人公である。手馴れた文章で読みやすい。父は、婿養子で妻と折り合いが悪く、彩子(高3)と妹の加奈子(中1)を妻のところに置いたまま、1人で家を出て行き、50年もの間、1人で暮らしていた。父親が住んでいたところは彩子の家から高速で2時間、彩子の生家は東日本大震災の原発事故があったところから10キロ、といった記述はあるが、どの辺りかイメージが湧かない。彩子は、父親の退院後は特別養護老人ホームに入れることを考えているが、それまでは自分で面倒を見ることにし、退院の日に車で迎えにいく。彩子のアパートは2LKだが1部屋を父親にあてがう。半年後に特別養護老人ホームに父親を入れることができた。こういったストーリーに中で彩子は自分と父親との関係、父親が会津の部隊にいたときのこと、敗戦でシベリアに抑留された後復員したころの父親との関係など、回想的に書いている。また、従兄の弘道のことも断片的に書いている。
この作品を読み終えて感じたことは、書き出しからいろいろな伏線らしきものがあるが、結果的には、それらが何のために書いたのかよく分からなかった。両親の不仲、祖父の苦労といったものが羅列されているが、これらが彩子の人生に与えた影響などは読み取れない。彩子はどのような生き方をしてきたのか、加奈子や母はどうなったのか、50年間の父との心の交流の有無などが分からない。作品の中では「・・・とにかく父の犠牲にはなりたくないし、なるべきではない。・・・」(6頁上段)とあるが、最後は面倒を見ることになる。作者が何を書きたかったかよく分からなかった。
作者は自分が介護した父親を書こうとしたのであれば、もう少し自分にも父親にも踏み込んで書かなければ、読者から見ると、中途半端で物足らない。この作品の中では弘道の役割がよく分からない。弘道の部分は不要ではないか。
【「女友達」難波田節子】
悠子は夫の文雄を脳梗塞で失う。3度目の発作で、文雄は41歳だった。文雄が最初の発作で倒れたとき小学生だった息子の明は中学生になっている。東側の道路を隔てた家の吉川さんは、文雄と同級生の典江の母親で、典江が中学生の時に夫と離婚している。典江は、大学卒業後商事会社に勤務し、今はロサンゼルス支店勤務だ。悠子は文雄がなくなってから明と自分の生活のために近くのスーパーで働いている。
文雄は小学校のころからいろいろな場面で典江の面倒をみているが、典江とは結婚しなかった。同じクラスの美穂が好きだったからだという。美穂は典江の親友であるが、頭がよく、大学の医学部に進学するが、中退して、大学病院に勤務する医師と結婚する。背の高い美人だ。
典江は、小柄な自分の体形に合った洋服などを買い求めるために日本に帰り、1週間ほどこちらにいるらしい。その間に、典江は美穂を連れて悠子の家を訪ねるという。美穂はかって文雄が好きだった女性である。文雄が元気なころ、典江は自分の家のようにこの家に来ていた。義母もそれを好んでいた感じだ。
典江と美穂が悠子の家に来て、典江と美穂は文雄についていろいろお喋りをする。悠子にとって初めて聞く話のほうが多い。文雄は典江や美穂についてあまり喋らなかった。いままで美穂の話は、文雄から聞くというよりも、典江の母親である吉川さんに聞くことのほうが多かった。悠子は悠子なりに、文雄は高卒で就職したので美穂は高嶺の花で、文雄とバランスが取れた自分を選んだぐらいに思っていた。また、悠子はそのことが不満でもなかった。いろいろお喋りをして2人が帰って何日かたって、アメリカに帰るという前日の深夜に典江が訪ねてくる。美穂と喧嘩別れしてきたという。美穂はどんな男にも好かれるが、人を愛せない人間で、表面的には親しくしているが、典江は以前から美穂が嫌いだった理由などを早口で悠子にぶちまけた。
悠子、典江、美穂、吉川さん、明、義母、スーパーの店長など登場人物は作品の中でそれぞれの役割を持ち、性格もうまくかき分けられており、完成した作品といえる。私が友人に季刊遠近を送ると、真っ先に読むのはこの作者の作品だという。彼はこの作者の作品は安心して読めるという。しかし、である。作品から受けるインパクトといったものがあまりないのだ。何日かすると、内容が思い出せないのである。短い作品でも心にいつまでも残るものもある。作者のそんな作品が読みたい。
【「夢にきませ」花島真樹子】
最近この作品ほど考えさせられたものはない。この作品に出てくる状況は、メディアで報告されているように現実にあることだからである。テレビドラマなどでは、この作品のように誘拐された少女が見つからなくて終わるということにはできない。暗すぎるからだ。
由美は小学校の5年生、クラスメートの玉枝と午後6時に秋祭りの会場である鎧神社で会う約束をしていた。由美が夕食を摂って出ようとすると、妹のちとせが一緒に行きたいという。母親も連れていきなさいと強くいう。玉枝との約束時間に遅れているので急ごうとするが、ちとせは足が悪いので少し遅れがちになる。待ち合わせ場所には玉枝はいなかった。ちとせに、煎餅を買って与え、動くなといって、玉枝を探しに行く。その間にちとせはいなくなってしまった。いくら探してもいない。数年後父親は胃ガンで亡くなり、母親との間は不信感が横たわり、由美は高校生なのにタバコを隠れて吸うようになる。母親は、青葉たまきという易者のところに通い始める。
その後由美は、日比谷公園に近いところの会社に勤め、不思議な経験をする。
作品のストーリーは、ちとせがいなくなる場面、父親、母親、由美の心の中など不自然さがなく、うまくまとめている。作品そのものは素晴らしい。作品が素晴らしいということもあってか、いつまでも心に残り、いろいろなことを考えさせられてしまった。現実の社会には、このような事件が数え上げればきりがないほどある。拉致事件の横田めぐみさんも、このような状態といっていい。母親、父親、直接の原因を作った人などの思いはいろいろあろう。誰にも責任がない場合もある。こういった現実にある残酷で深刻な問題を作品にすることの難しさにも思いがいった。本当にいろいろ考えてしまった。
【「後妻さんと小姑(2)」河村陽子】
桃子(86歳)、桃子の兄雅也(90数歳)、妻マリ子(後妻で雅也より30歳ほど年下)の3人の話を、桃子とマリ子とのファックスのやり取りを中心に纏めている。雅也が脳梗塞で倒れ、リハビリも良かったのか元気ななる。ファックスのやり取りで、Aクリニック、Kリハビリセンターの関係などが分かる仕組みになっており、いい構成だ。雅也が認知症になりかかっているとマリ子のファックス書いてあり、桃子の家系の年齢をすべて挙げてそんなことはありえないとムキになるところに、後妻さんと小姑の確執のようなものが見えて面白い。
桃子から見ると、マリ子の雅也に対する尽くし方が足りないと不満に思っていることもよく描かれている。雅也自身は、延命治療はしないでくれとマリ子にいっており、桃子も承知している筈だ。作品の中で、マリ子が「・・・これでいいでしょ?」というと「勿論よ、・・・」といっているが、行間に不満が見える感じだ。
これからこういう老後を取り上げた作品は多く活字になると思うが、この作品のような視点で取り上げるものは多くないのではないか。後妻と小姑の関係がこの年齢になってもこんなに凄いものということを初めて知った。読者の立場では、マリ子は十分尽くしたのだから解放してもいいのではないかと思ってしまう。こんなことを書くと作者はトンデモナイというような気がする。(作者へ、ゴメンナサイ。)
【「蓬莱坂に散る櫻」欅館弘二】
この作品は前号(季刊遠近第44号)の「どんどん橋」続編とみた。前号の際も作者が作品(どんどん橋)で何を描こうとしたのかよく分からないと書いた。今回も全く同じだ。もっと焦点を絞って、「仁戸田六三郎と酒」といった題にして、「利佳」を舞台に葉子、原田、麦彦のことを書くとよかったのではないかと思う。長い作品だが、物語の中に入りにくい作品、つまり感情移入ができない作品だった。作者は自分史のつもりで書いたのであれば、それはそれでいい。
【「火さまざま」結城周】
作者の火以外の部分にも、いろいろな薀蓄がほとばしっている感じだ。「祖母と火」では作者の生い立ちが書かれており、火は付け足しの感があるが、「宗教と火」、「叡山の夜」では色々と勉強になった。「お七地蔵尊」は面白く読めた。「銃・火・水」はカダフィー大佐から書き始め、自分の経験を書いたのもいい。
【「サンゾー書評」逆井三三】
「サンゾー書評」は季刊遠近に毎号載る。番号を付けたらいいのではないか。調べてみたら、第5号から「ヤブニラミ四半期評」が始まり、第16号まで11回、「サンゾー四半期評」が3回(第17号?19号)、「サンゾー書評」が22回(第20号~45号、途中に欠番あり)と36回も続いている。独特の筆法で、私は好きな書評だ。同人誌の書評を読む読者は、対象となった同人誌をほとんど読むことができない。しかし、サンゾー書評を読むと同人誌は読まなくとも、作者がどのように書いており、小説としてどうなのかということがなんとなく分かる。作者は送られた同人誌は全部読み、サンゾー書評にそのすべてを載せているといっている。書評を書くことの大変さは、私自身季刊遠近に載った作品についての感想を出来るだけ文章として残すようにしているが、決して楽ではない。厳しいいい方だが、何を書いているのかわからないような作品を読むときはウンザリする。ところがサンゾー書評は、すべて淡々と書いている。本当に凄い。
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