2014年1月アーカイブ

「構想」第55号(長野県)

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2014年1月24日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「織田作之助を訪ねて」(四)藤田愛子】
 無頼派といわれた「夫婦善哉」の作者との交流記であるが、前回は「大阪文学」という雑誌の創刊号の頃と、華のある20代の作者の恋愛事情があり、織田がうまく出だしが書けないと、机を窓の外に放り投げたというエピソードなどがある。戦時下での「大阪文学」1月号が出た話。それと、小説「夫婦善哉」が、戦時中の時代背景にはまったく触れていないことについてーー「作之助が書きたいのは人間の思想や心理ではなく、あそんだあとの財布のなかに何円何銭残っているか、蝶子の貯金が何円になっているかその即物的リアリティが重要なのである」と記している。人間の肌に食い込むような存在感の創造への一つの見識である。
【「中江兆民と幸徳秋水」(二)崎村裕】
 前号では、中江兆民の思想と生活を丹念に調べ、その人となりを浮き彫りにしている。今号では、その影響を受けた幸徳秋水の生活と思想を紹介する。明治100年を過ぎて、時代と風俗が変わっても、思想的には現代でも理解できる。国家と国民の関係の基本は変わらないところが多い。そのことをよく感じさせるのは、人物の人間性と思想を良く結びつけている視線であろう。
発行所=〒389?0504長野県東御市海善寺854?98、「構想の会」。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

カテゴリー:構想

<2014年 1月18日(土)付、「文芸同人誌案内」掲示板より転載・投稿者:kitaohi>

【渓と釣りを巡る短編?(桑村勝士)】
「山桜」
 私は今まで一度も釣りをしたことがない。況して渓流釣りなど全く想像もできなかった。しかしこの作者の作品を読み始めてから、釣りの世界が身近になった。この作品は、「ぼく」が携わっている仕事(漁協の合併)が上手くいかなくて前夜に酒を飲み、二日酔いの状態のところ、妻から「ひさびさに自由にしたら」といわれる。結局、いつもの椎葉村の耳川の源流に向かうことにする。釣り場へ行くまで、釣り場の描写はいつもながら上手いと思う。釣り場を移動し、そこで挑戦するがうまくいかない。帰ろうと思って最後の一投を試みる。この一投に尺もののヤマメがかかる。釣り上げてしばらく愛でてから、また渓流に放した。家に帰りつくのは夜中になる。帰路、ダムの周回路を車を走らせていると闇に沈んだ山陰に山桜が見える。最後の部分(闇の中に山桜が見えるのだろうか。)にちょっと無理があるように感じたが、作者が何とか大きなヤマメを釣り上げた満足感は表現されていると思った。

「神楽、ふたたび春」
 単協の漁協を統括する組織に勤めている小野さんが、漁協の合併に関する不手際の責任を取って辞めるのだが、なかなかタイミングが合わず、会うことができない。しばらくするうちに連絡も取れなくなる。小野さんとは長年仕事を一緒にし、本音で話し合える仲だった。そのうえ、小野さんは九州山地の殆どの渓流を踏破しており、「ぼく」に椎葉村の耳川源流に初めて案内してくれた。小野さんの連絡先は手をまわして見つけていたが、時間が経つうちに、単なる仕事の関係での付き合いだったような感じになっている自分に驚く。
小野さんが職場を辞めたのは新年度になってからだが、8か月ほど経った12月に入るとすぐに、椎葉村の民宿榎之葉荘の若大将の孝太郎君から神楽を見に来ないかという話が来る。妻と息子のター坊連れてくるようにとのことだ。神楽は重要無形民俗文化財に指定されている伝統行事で、夜を徹して舞いが披露されるらしい。勤務の関係でちょっと無理があったが、強引に行くことにする。神楽を見て、夜が明けるころ民宿に帰る。
年が明け、ヤマメの解禁日が巡ってきた。今年のシーズンは耳川支流M谷奥部にある淵で釣りそこなった大物に挑戦することにした。3月下旬の連休にその渓に入った。その淵は険しい渓をいくつか越えて行かなければならない。苦労して淵の入口にある岩棚にたどり着く。岩棚の上から淵を眺めると先行者が1人いる。それは小野さんだった。岩棚から小野さんを見ていると大物が食いついたようだが、最後は失敗する。しばらくすると小野さんは4、5年前に止めたはずの煙草を吸いだした。
ストーリーは、以上のように神楽の見学と耳川支流の誰も行かないような淵で小野さんを見かけるという2つが載っているが、「渓と釣りを巡る短編」を読んでいる私にはすべて繋がっている。作者が書きたい渓流釣りの世界と作者の周りの人物をうまく描いいると思う。「ぼく」の家族、小野さん、孝太郎君の民宿榎之葉荘などが椎葉村の耳川の源流で今後どのように展開していくのか、楽しみである。

【「終の場所」ひわきゆりこ】
 貴絵は18歳まで過ごした家に終の棲家のつもりでやってきた。この家は昭和30年代の初めに貴絵の父が中学校教諭として赴任した時に、海を臨む半農半漁のこの地が気に入って建てた家だ。集落の外れだったが、今では別荘地区に線引きをされ景観条例が制定され、いろいろな面に厳しい決まりができている。父はこの地で停年を迎えたが、貴絵は越境入学をして福岡市内の中学校に通った。父はこの地では「大石先生」と呼ばれ、いろいろな相談を受けていたらしい。
 母は父が70歳半ばの頃くも膜下出血で亡くなり、几帳面な父は、80歳になったら老人施設に入ると自分で決め、実行する。貴絵は結婚をして神奈川に住んでいるが子供はいない。時どき神奈川から福岡まで父の入所先である施設を訪ねてきた。
 そんな生活の中、夫はすい臓がんと診断され半年でほどで亡くなる。夫の死を父に知らせると、葬式には行けないと電話で悲しげな声で話す。それから3か月後父に会いに行くと父は貴絵が誰か分からない状態になっていた。
 こういった背景を背負いながら貴絵はこの家に来たのである。
 少しづつ家の片づけをする傍ら、散歩がてらに古くからの集落に向かうと、畑仕事をしている老婆と会う。老婆は貴絵を大石先生の娘だろうと当てる。この老婆はハナエといい最初に会うのだが、その後少しづつ、トキオという息子、小学校で一緒だったユミ、ユミの息子のハルヒコ、野菜のセロリを知らない河津ショウタなど付き合いが広がっていく。
このような付き合いができても、貴絵には、心の中から土地に馴染むことができない何かがあり、貴絵自身ももがいている感じがうまく描き込まれている。
 貴絵が夫を失って3か月後に父に会いに行ったとき、施設の事務所から受け取った、遺書(「澤村貴絵様」ではなく「大石貴絵様」と書かれおり、父が夫が死亡した翌日に書いたもだった。)の内容から貴絵の両親の本音、父の貴絵に対する思いなどが推測され、心の中いろいろな思いが走り、終の場所での心が上手く整理されないでいる。
 そんな時子供の頃よくいっていた月の浦に行き、河津ショウタに会い、夢の話をすることによって、貴絵が心の中で整理できなかったことがなんとなく整理できた感じになっていく。
 この作品を読んで作者の今までの作風と全く違うものを感じた。今までの作品はどれも明るく、読んですぐに心の中に入り、心に染み付く感じだった。しかし、この作品はストーリーに起伏はなく、心理描写が主になっており、読者に感情移入させるものがない。勿論、作品の中での細部の描写、心の描写などは素晴らしい。私はこの読後感を書くために3回読んでみた。文章、構成、描写どれも非の打ちどころはなく、いい作品であることは間違いないが、いつまでも私の記憶に残る作品になるかはよくわからない。

カテゴリー:胡壷・KOKO

「胡壷・KOKO」12号(福岡県)

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2014年1月16日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「渓と釣を巡る短編?」桑村勝士】
 渓流釣りを趣味にする「ぼく」の仕事と生活を描く。釣りの話となると、いろいろな土地の釣り場を巡る話のスタイルができているが、定住者が地域の釣り場を、季節や生活事情を挟んで描いたものは、珍しい。それぞれ面白く読める。連載の始めには、新鮮な緊張感があったが、それが回を重ねるうちに、余裕がでてきて円熟しているのが、連載過程の変化で納得できる。渓流の場面は、現場の雰囲気が良く出ていて、読みどころになっている。
 「山桜」と「神楽、ふたたび春」の2編だが、後者の方で、職場の元同僚が「ぼく」と同じ場所の獲物を狙っている姿を描き、その後に声をかけずに去る。釣りという遊びのディレッタンティズムの本質が孤独な自己完結型のものであることを示して良い味になっている。
【「終(つい)の場所」樋脇由利子】
 夫を亡くし、子供もいない貴絵は、還暦を迎え、故郷の亡き父の家に戻って住む。育った土地ではあるが、昔馴染みも老いて、故郷は見知らぬ世界となっている。ありふれた状況といえば、そうであるが、陰翳礼讃の感覚による筆の運びが、日本人特有の人生観を投影していて、それを納得できる人生のあり方として説得されてしまう。今はニーチェ哲学的な人生観が流行っていて、毎日が祝祭日として過ごすことを良しとし、輝く人生を礼賛している。明日こそ、前向きにドラマチックに、ワグナーの曲のように生きるーー。しかし、貴絵のような境遇の描き方は、ニーチェ思想に向けて、そうはいかないこと示して見せているように思える。ごくささやかな小さな感情の起伏のなかに、全人生が存在している。
紹介者「詩人回廊」編集者・伊藤昭一。

カテゴリー:胡壷・KOKO

「季刊遠近」51号(東京)

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2014年1月11日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本号は「50号記念会」速報がありカラー写真付きである。河村陽子「50号記念講演会に出席して」によると80人ほどの盛大なものであったらしい。勝又浩氏の講演風景や「全作家」会長の豊田一郎氏、「群系」の主催者などのスナップもある。本誌については、自分が「文芸研究月報」を発行していた時に、読者の要望で、同人になりたいので現状を教えて欲しいという要望が一番多い同人誌であった。当時は雑誌「文学界」の同人雑誌評があって、そこで同人誌の優秀作が取り上げられても、連絡所を記していない。そこでよく取りあげられた「季刊遠近」の評伴が良い雑誌という印象を与えていたのであろう。読者の要望に応えて、本誌の合評会に参加取材したころがある。読者は合評会に参加できない人だったので入会できなかったようだ。
 その頃の「サンゾー書評」は、大手出版社の書店流通の小説についての評で、同人誌につての言及はなかった。自分の「月報」では書店販売の小説情報は新聞・雑誌の大手メディアで十分なので、同人誌については、これぞと思うものを選んで、お金を払って収集していた。「季刊遠近」では他の同人誌が沢山くるという。もったいないですね、と言った記憶がある。その後、気づいてみると、同人雑誌評専門に変わっていた。おそらくその方が、手ごたえがあって、雑誌も文芸同人誌仲間から読まれるようになったのであろう、と推測する。
【「群青色の招待状『風の家の人々』第二部」安原昌原】
 宮澤義雄という人の家系をたどった前作の?である。日露戦争でロシアから戦艦を拿捕したか、沈船したものを日本の戦艦に使かうという、合理的なことをしていたことがわかり驚く。戦艦や駆逐艦の名称も面白く。どんどん読んでしまった。貴重な資料でもある。
「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

カテゴリー:季刊・遠近

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