2012年7月アーカイブ

2012年7月30日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「東北王国を夢見た男」石塚邦夫】
 徳川幕藩体制が崩壊し、薩摩・長州藩主導の尊皇攘夷の流れの中で、会津、伊達藩のなかで、中央集権体制からの独立を志した人々の意気と挫折を描く。よく調べてあり、講釈師の話を聞くようで面白い。
 背景には、生産性のよさで封建制度のなのに、東北各藩が財力をつけていたことが各藩の石高比較に示されている。
 それが、時代の流れの中で中央集権体制への馴染み深さか、あるいは経済的な負担の多きい戦争を避けたいという心理なのか、徹底抗戦にもっていけず挫折する。徳川幕藩体制時代の方が、現在の都道府県より財政的に自由なものがあった様子がうかがえる。現在の中央集権制度での、税金を(自分の金でもあるがごとく)お上が与えるという体制が悪い。地方で生活のための働き場所、金欲しさに、命がけで原発を誘致させるという状況を作り出している。東北地方は徳川時代よりも現在のほうが悪政なのではないか、と考えるヒントであるかも。

【「インド逍遙(三)」須貝光男】
 副題に―デカン高原の諸院・緒窟・諸文化―とあるように、インドの風土と人間模様が詳しく、しかも系統的に語られて、以前も今回も興味深く読んだ。長いので、時間をかけて読んでいたら、紹介記事を書くのを忘れてしまったので、現在、新鮮な感動を受けたところで、紹介しておきたい。
 インドはとてつもなく多彩で奥深いと聞いてはいるが、偏向して物知らずのせいか旅行記で、これほど具体的に書かれたものを私は知らない。人生経験とインド文化への知見が深く、社会的な制度による人心の機微の観察力、宗教精神の深さを感じさる。隠居状況でインドを再訪したらしいが、これを読むと若い時代にインドに行っても、社会的な知恵が得られるか疑問である。それを具体的に示すような日本の若者の現地での事情などが的確に語られている。
 また、旅行記としてこのような形に纏め上げることのできる手腕に畏敬の念を抱かざるを得ない。社会人として相当の事業をしてきたと思われる人もまた、同人雑誌活動をしてきているのだな、と妙な感銘を受けた。今は亡き中村元氏の書の話がでるのも懐かしい。
発行所=〒001?0911札幌市北区新琴似十一条7?2?8、コブタン文学会
(紹介者「詩人回廊」伊藤昭一)

カテゴリー:コブタン

2012年7月29日 (日)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「異形のものたち」畠山拓】
 幻想小説でありながら詩的散文でもある。東京・城南のあたり武蔵小山商店街や澁澤龍彦などの実在性を生かし、リアルなイメージと幻想的な出来ごとを巧くつなげて面白く読ませる。「生首」「金魚」「小鬼」に共通した語り手は老人で麻子が変容する。都会的センス自在にイメージをふくらませている。東西の作家がでてきて、よく知らないものもあるが、なんとなく恰好がよく感じる。

カテゴリー:構想

「石榴」第13号(広島市)

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2012年7月27日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 暑いのは身体と頭に応える。ぼんやりしながら、つんどくになった同人誌からなるべく薄いのを選ぶと、本誌が出てきた。
【「全身昭和」木戸博子】【「めくるめく一日」同】まず、自らの入歯の話題から2作とも父親の晩年と死を描く。題材は以前の号と同じだが、角度を変えている。よく追体験できると、娘としてのこだわりに感心する。介護保険のない頃らしく、私の介護生活時代と重なるものがある。このころは、老化による感情爆発、感情失禁症状や認知症について、家族も病院関係者もよくわかっておらず、介護をめぐるトラブルは多く、そうした時代ならではの家族の感情や親への観察描写が冴えている。
 あの時代のどたばた劇は、そのものが親との貴重な交流であったことが作品に示されている。現在のような制度では、粘着度や密着度が異なるのではないか。いずれにしても、親の死を直視することは、自らの死にゆく道の風景を見つめることになるのだな、と思わせる。
 それはそれで良いのだが、書く立場からすると普遍性が不足しているのではないか。父親の娘としての立場からしか書いていない。自己表現の域である。きっと、読者は巧いとか、デテールに身につまされるとか褒めるでしょう。身につまされれば良いのか。老いて孤独で死んでゆく親と自分と民衆への俯瞰精神につながるものが欲しい。

【「懐かしのシネマ・ストーリー」高雄雄平】
 そのままで、ほんとうに懐かしい話である。日活映画なのに大作映画の思い出があり、スチーブ・マックイーン「拳銃無宿」など、短編ドラマなのに充実感。とにかく当時はなぜか時間が沢山あった。

カテゴリー:石榴

2012年7月16日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「私のジャン・クリストフ(前編)」大澤和代】
 ロマン・ロランの長編小説「ジャン・クリストフ」の概要をというか抄録をつくることになるらしい。そういうことをよく思いついたものだと、まず感銘をうけた。自分にとっても忘れられぬ小説である。工場に働いていて、夏になると日曜日には、独りで湘南の海水浴場に行った。社会人になって、周囲になじめず、世界文学を読み続けていて、その夏に「ジャン・クルストフ」を海水浴場にまでもってゆき、夏の間に読了した。
 ベートーベンの伝記みたいだと思いながら、自分の孤独な心に、この少年の孤独がひしひしと伝わってきた。いま、この抄録を読むと、不思議なことに小説を読んでいた頃の、忘れていた自分の過去を思い出してならない。江ノ島、逗子海岸、鵠沼海岸、油壺と毎週場所を変えていた。「ジャン・クリストフ」の何巻かを携えて。葉山ヨットハーバーでは、馴染みのメンバーのような顔をして、テラスで読書をした。
 どれだけ世界に人が居ようとも、孤独の質は、自分だけのもの、ということを教わったような気がする。とにかく、孤独なクリストフはいろいろな女性と恋をする。登場する女性の深みというか、思想性というか、そういうものに影響されてか、自分は現実の彼女をつくる遊びがばからしくなり、そこから脱け出し、会社をやめてアルバイトに切り替え大学受験をするきっかけになったのではないかーー。これを読んで、そんな自己回顧をさせられた。
 本編は次は中篇にしても、これは序の口で、相当な長さになるのではないか。
 もし、これを機に、ロマン・ロランを読もうとする人がいたら、忠告をしておきたい。彼の小説に出てくるような、深みのある女性には、平凡な人生を送る人は出会うことはないでしょう。身近にいる平凡な女性を大切にすべき。クリストフ「のような才能のある人は別でしょうけれど。
 なお、本誌の編集者の河崎紀美子さんは、84歳で肋骨を折る交通事故に見舞われ再起したという。敬意を感じます。

カテゴリー:かいだん

2012年7月14日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌は地域色が作品に色濃く反映した作品もあり、地域文化の熟成を感じさせる。
【「ユダヤ難民二万人を救った男(四)樋口季一郎・伝」木内是壽】
 太平洋戦争と樋口参謀本部第二部長の立場がわかりやすく整理解説されている。当時の状況で、終戦になってから、ソ連スターリンが日本の弱っている状況を読んで、北海道を占領しようと「日ソ友好条約」を一方的に破棄、戦線布告するという、世界の歴史に稀な卑怯な行動をとった経緯が語れている。敗戦のなかで、必死に北海道侵略を食い止めた日本側の防衛により、ソ連は多大な損害を受け、邪心を果たさなかった。ひと昔前のアフガン侵略戦争をみてもわかる通り、口先ばかりで、もともと戦争に勝ったことがない国である。
 北方領土問題を論じるにあたって、世代によっては、この事実を知らないのではないかと思わせる。自分には、ソ連は政治的な約束を守らない。裏切りを何とも思わない無知厚顔の人々であり、契約や約束をするべき相手ではない、という認識がある。相手にしてはいけない国である。欲に目がくらんで、ロシアと商売をしても、結局は食い物にされる。これからの世代は改めてそれを知ることになるであろうと自分は予測する。メディアで働くひとたちは、国連で日本が敵国条項対象であることを知らないらしい。周囲の国から敵とされている。拉致問題が起きるのも不思議ではない。相手が敵国だとしている国には警戒心をもつべきだ。
 これは戦争に自力で勝ったことのない国は、姑息な手段をとるようになるーーという歴史的なセオリーを認識すればわかる。アジアの中で日本とベトナムは異端的な存在である。

【「同級生の縁」岡田安弘】
 ミステリー小説の部類だが、それが地域に密着して書けるのが素晴らしい。題材も、孤独死が増えて「遺品整理」業をはじめた男が主人公で、いじめ問題をからめて時流を使うのがうまい。事件に巻き込まれる。なかなか才気のある人だ。話の進め方に意外性があり面白い。相模原市は地元のミステリー作家の作品集として出版をしたら地域振興になるのではないか。陣馬山ブームが来るかもしれない。

【「偽りの日々」外狩雅巳】
 プロレタリア文学の手法を使って、相変わらず上手い。学生運動の活動から、いまだに潜伏している活動家の現在を描く。この手法がいまだに効果的なのは、リアリズム詩に近い文章の凝縮力が文学性を失わないからである。この作品では、組織人としての退廃ぶりが、描写力で表現されている。状況を描いて、理屈を述べないことが、登場人物への無言の批判になっている。
 作者がどう考えているかは問題でなく、的確な描写がすべてを物語る。
 最終章で登場人物のもつトラベルウォッチが、地に落ちて壊れる。作者が文学的効果として選んだ上手いところだが、それはすでに、彼らの精神が破壊されたものであることを暗示している。
 本当は、現代的なテーマなら、壊れた時計を拾って、再び時を刻ませるまでの困難な人生を描かねばならないのだが、作者はそこに気づいているのだろうか。
(紹介者・伊藤昭一「詩人回廊」編集人)

カテゴリー:相模文芸

「季刊遠近」第46号(東京)

2012年7月 4日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「武士でもなく皇軍でもなく」逆井三三】
 新撰組のとくに近藤勇を中心にした物語である。時代小説及び歴史小説は、語り口が重要でこれは充分面白く読んだ。かなり長いので、時間をかけてぼちぼち読み進むのが適しているようだ。現在は時代小説に人気があるようで、かなりつまらないものまでが文庫本になっている。いわゆる暇つぶし読み物に徹していて、読者もそれでいいらしい。そういうものに比べたら、これなどは出版しても読者に不満を持たせることはないと思う。とくに、新撰組の当初に掲げた旗印が、芹沢、近藤とリダーシップの変遷が、解釈を多様化させ矛盾と解離を内包してゆく過程なかで、土方、山南などが対立してゆく事情などはよく筆が行き届いている。組織内の変質と対立は、大義を忘れさせ偏狭なものにしていく。
 組織が変質するときに、日本では組織内にそれに抵抗する人間は、空気を読まない勢力として排撃する傾向がある。そのために、悲惨な結果を招くことがある。太平洋戦争での官僚と軍部の癒着がそうだ。戦後の安保反対の過激派の日本赤軍派の愚行、オーム真理教の暴走など、組織内で空気を読まないことで排撃されるのを恐れての仲間同調の結果である。東京裁判で戦犯として糾弾された日本人軍部は、誰もが「本心は戦争に反対だった」と答えたという。告発した国連軍は驚いて「戦争に反対なのになぜ戦争したのか」と、彼らをとんでもないウソつきと軽蔑したという。
 この作品では、たまたま、新鮮組は自尊心が強く、滅びの美学を知っていたので暴走しきれず消滅したのだな、と思わせるものがある。
 世相を読み取る編集者が、時代の流れにあわせて書き増しや章建てなどを再編成すれば、売れそうな感じがする。ただ、出版社は継続してシリーズ化できるのを望むので、それに対応できるような書き方が求められるかも知れない。たまたま先月、近藤勇が大名家に資金を無心する手紙が発見されたというニュースがあった。この作品を読むと、さもあらんと思わせるものがある。
【「斜面の町」難波田節子】
 定年後も職について満足している夫、年頃を過ぎてまだ結婚しない二人の娘たち。主婦と母親の視点で世間話的な題材を扱う。家で夫に書斎を作ったら、そこで書き物をしないという話には思わず笑ってしまう。近所の家が火事なってしまう出来事をめぐる話。ありふれてはいるが、どこか傾いているような日本的な生活の在り方を淡々と描く。相変わらず巧い。こういう女性の細部の鋭い視線には。男は勝てない。問題がないような生活のなかの問題意識が顔をのぞかせている。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:季刊・遠近

「龍舌蘭」183号(宮崎市)

【「穴」渡邊眞美】
病室の描写で始まる。入院しているのは、かなり重篤な老人ばかりだ。日常の欠片も見出せない特殊な場の空気が生なましく伝わってきた。
この作品には判りにくい部分があり、当初、主人公が見舞っている「むっこさん」がどのような関係の人かがはっきりしなかった。読み進むうちに「おかあさん」という呼びかけがあり、更に読んで行き義母と判った。各章もいきなり場面描写で始まる場合があり、時間の経過がつかめずに内容を味わうより理解に気を取られてしまった。描写に説得力があり、主人公の思いもよく伝わって来るので残念な気がした。

カテゴリー:龍舌蘭

【「ひつじ団地のこと」権野宏子】
還暦間近の美奈子が高校の同窓会案内状を受け取る場面から始まる。差出人は当時、気になっていた男性だった。そこから「ひつじ団地」での30年にわたる回想になる。内容の要素がとても多い。団地管理について、そこでできた友人達との読書会、いじめや引きこもり、主人公の仕事と教育現場の変化、環境問題、夫との関係などなど。原稿用紙50枚ほどにこれだけ盛り込めば筋をたどるだけになりそうだが、そのような印象は持たなかった。主人公の柔らかい人間性が一貫してぶれずに綴られているからだろう。
「かもしれない」、「気もしていた」、「ようだった」、「だろうか」、「と思う」などの多用が読んでいて気になった。もっと言い切ってもよいのではないだろうか。

カテゴリー:AMAZON

【「断片集(2)」小島義徳】
俳句を散文仕立てにしたような7編が並んでいる。
私は小説を書くとき、いくつかの場面が浮かぶ。それらは強くイメージできるのだが、その場面だけを書き連ねても作品にはならない。イメージとイメージの間をつなぐ作業を面倒に思う。そうか、こういう書き方もあったんだ。私もやってみたい誘惑に駆られるが、「では書いてごらんなさい」と言われたら、それも難しい。7編それぞれが人というものの哀しさや儚さが漂っていて、全体として同じ空気が流れている。

カテゴリー:文芸誌「出現」

【「高円寺へ(三)」後藤みな子】
連載の3回目を迎え、展開が気になるというより「作品世界を味わいたい、浸りたい」と思いながら本を開いた。作者がずっと追求し続けているテーマである母が、立ちのぼるように浮かび上がって来る。主人公の朝子は夫の隼と別れたが、これといった明確な理由があるわけではない。そこのところが、朝子の独白を書き連ねるのではなく、母の記憶や隼の手紙でみごとに書かれている。花崎老人やゆきさんと佐方先生、蒲団屋での一件など細部までこちらの感覚にするりと入り込むような実感を抱いた。

カテゴリー:すとろんぼり

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