2012年6月アーカイブ

「孤愁」第8号

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2012年6月28日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「祈りから作品に」豊田一郎の編集後記から】
 豊田一郎氏の小説「電動人間」が「詩人回廊」で連載修了。その連作の「白い花が咲くころ」の連載に入った。
「電動人間」は、豊田一郎個人誌「孤愁」(8号)に収録されたもの。本来は次の「孤愁」(9号)があるのだが、連作としはては、同10号の「白い花が咲くころ」が良いというので、連作であることを付記した。
 たまたま、「季刊文科」第56号2012年5月25日発行「同人雑誌季評」の勝又浩氏の評で、『豊田一郎の個人誌「孤愁」(10号、横浜市)より「編集後記」・「白い花が咲く頃」』がとりあげられている。
 個人誌「孤愁」には、毎号編集後記がある。作品よりそれが興味を惹いたというのは、それなりに強いメーッセージ力を発揮しているということでしょう。
 なお、豊田氏は個人誌「孤愁」10号の在庫がまだあるという。評論された編集後記を読みたい方は、文芸同志会あてに40円切手4枚200円分を送付していただければ、転送します。前回の8号「電動人間」の分は1人いました。
 8号の編集後記にも、なかなか興味深いことが書かれています。その一部を引用します。
 「(前略)作品は面白くなければならない。読者に伝わらなければならにという努力を放棄してしまった。だから私の小説は面白くない。そして、また、私の作品からは癒しがえられないともいわれている。
 そうだろう。私は誰かのために書いているのではない。自分の想念を纏め上げているだけである。(後略)」
 つまり、これは、小説と銘打って、自己表現をしている産物であるかも知れない、と自覚しているのだ。そして、
「(前略)それは私自身への祈りであるからと言うしかなかろう。(後略)」
 さて、祈りは文芸作品であり得るのであろうか? このような考えがうまれるのも、この「孤愁」というものが個人誌で、それを義理でも読むであろう同人誌仲間を持たないからであろう。
 前にも述べたが、同人誌仲間というのは、自分の作品を掲載する媒体をつくるために寄り集まったのであって、その根底には、読んで欲しいのは、自分の作品のみなのである。それでも、義理で読むから、仲間の作品を正し良き理解者であるとは限らない。擬似読者なのである。豊田氏は自作のの作品が面白くないと評価されたとしているが、それが正しいとは限らない。
 ただ、いえることは「電動人間」は、「詩人回廊」に掲載することで、「祈り」から「作品」としての足場を確保した、と私は考えたい。豊田氏は「それは我田引水すぎる」いうのであろうか。
 ただし、この引用部は、わたしの発想の資料として役立つところのみですので、豊田氏の述べようとしたこととは離れるところがあるかも知れません。全文を読んで確かめたい方は、切手200円分で申し込んでみてください。

カテゴリー:孤愁

2012年6月15日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 55号は時代に対応したものが多く充実。東日本大震災と福島原発事故を題材にしたもので、文芸的な詠嘆精神を越えて社会性を強く反映している。
【「望郷」(二)海鳴りの春」もえぎ ゆう】
 同人誌というのは、読者が同人仲間という前提が意識にあるためか、三人称を使っていても一人称的効果のものが多い。しかし、ここでは、3・11以降の夫沢海岸の現場の状況をリアリズム手法で再現したためか、住民のそれぞれの多勢的な動向を的確に表現しており、優れたドキュメント風の表現力である。同人誌で意識的に群衆を描くことに心を配る人は少ないが、これはその少ない事例のような気がする。わたしはこういうところに、ここに文藝表現力の肝があると思うのだが、最近はこうした表現力をもたなくても、ライトノベルなどのプロ作家になれるようだ。
 そのせいか、読む面白みが薄っぺらであるため、文章芸術のファンが減るのだ。たとえば4人の若者がデズニーシーに行ったとする。その場合、その4人の性格を表現させるのに、具体的な会話をさせ、それで読者に伝えるにはどのような工夫をするかなど...。現在はA優しい、Bは気が強い、Cは人見知りとか、直接説明して話を進める。どのようにしたかを省略してしまう。ストーリーだけになる。TV番組の事件報道バラエティのほうが、内容がないのに、話のつくりが巧い。こんな話は旧い文学老人の価値観ではあるが。
それはともかく、本作品のなかに、こうある。
『東京電力を恨む気持ちではなかった。/原子力の恐ろしさを感じていても知識力がなかった悲しみ、安全だと主張し揺るがない東電の説明、政府の意向を断れなかった悲しみだった。いや、安全という観念に負けたのだ。そしてその「安全」がいかに無能な対策でしかなかったかという、「安全」という言葉だけが魂を持っていただけだったかという事実の発見だった。
 具体的な対策を確認したわけではない、共に学び検討していくという事実に向かうこともない、ただ「安全」の言霊の魔術にかかっていたのかを、今現実として剥き出しになって初めて実感させられた悲しみだった。
 それは道造にとって第二次世界大戦中「日本は神の国だから勝つ」と信じ込まされてきた苦く苦しい言霊の体験と同じだった』
 まさに実感のこもった独自の表現で、説得力がある。新聞テレビのメディアは、今もまた言霊の悪霊の役目を果たす。1度あることは、2度、3度あるというジンクス。原爆も広島の後、長崎にも落とされた。そのことをメディアは語らない。おそらくメディア当事者には、戦前と同じで、ものを考える頭がないのであろう。ほかにも原発事故の当事者の手記があるが、それは次に紹介したい。優れたドキュメンタリーになっているので...。

 発行所=〒352ー0032新座市新堀1?13?31、竹森方、小説芸術社。
 編集人の竹森仁之介氏にPRした方がいいと、一時期でも当会のサイトを利用したらと進めたが、その気はないようだ。原発事故のドキュメントは同人誌的なところを越えて、被害者の心情や現状が参考になる。興味のある方にはお勧めである。
紹介者・伊藤昭一(詩人回廊・編集人)

カテゴリー:小説藝術

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