2011年12月アーカイブ

<2011年12月30日(金)付、「文芸同人誌案内」掲示板より転載・投稿者:kitaohi>
北大井卓午筆

【「錯綜」水木怜】
 ストーリーは簡単だ。なつみは、高校を中退しバイトで入ったK書店でまじめな仕事ぶりが認められて本採用になり、同期で入社した大卒の圭吾にバス乗り場で発作(過換気)に襲われたとき助けて貰う。親切な圭吾をなつみは好きになり、アパートに行き料理を作るまでになる。会社でも圭吾を好きだということを表に出しており、同僚の噂にもなっている。その圭吾が結婚するという噂が広まるが、相手は自分ではなかった。圭吾は結婚すると住所も変えてしまう。
 なつみは高校のころ荒木という1年先輩の男子を好きになる。切っ掛けは、下校途中雨に濡れて歩いているときに傘を貸してくれたことである。その後家を突き止め、バレンタインチョコを郵便受けに入れに行ったときに、数人の女子学生から、荒木が奈津美のことを気持ち悪いといっていると聞かされる。そのショックで過換気症候群になる。なつみは結局転校し叔母の家に住むことになるが、その叔母の家も高校を中退して家を飛び出してしまう。
 一方、圭吾は順調に出世し、先輩を飛び越して店長になる。先輩である高見沢繁が、偶然会ったような感じでなつみに声をかける。一緒に飲もうといってなつみを誘い、呼ぶときもシゲルといってという。その日酔ってなつみのアパートで関係を持つ。しかし、シゲルは自分を追い越した圭吾を追い落とすためになつみを利用したのだった。
 以上のようなストーリーだが、この作品の凄いのは、なつみの性格描写なのだ。このような女性が実際にいるかどうかは知らないが、ストーカーなどはこういった性格の人がなるではないかと思わされるほど、リアリティがある。作者がここで書きたかったことは常識を外れた性格を持った人のことをその人の側に立ってみることだろうと推測した。作品では最後になつみは新しい世界に移っていくようになっているが、実際はそう簡単ではないかもしれない。これからもこういった世界のことも書いて読ませていただきたいと思う。

カテゴリー:照葉樹

彩雲」4号(浜松市)

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2011年12月30日 (金)付、「文芸同志会通信」より転載いたします。

 今回紹介のものは、どれも生活日誌的なもので、普通は文芸的な要素というのは薄らぐのだが、高齢者の先行きの見えてきた人生からの視点が冴える。それがなにか普通のことを普通でない貴重な光景にまで高めて読ませる効果がある。
 大きな未来をかかえた若者には、現在を追いかけるのに忙しく、つまらないようなことでもそれが大切に思える。多くの読者を得る大衆文学の素因はここにはないが、どこかに一人の読者の心をとらえ共感者がいればよいのだな、と思わせる。
【「つづくだのぉほか」村伊作】
 70歳を過ぎて積み重ねてきた歳月を背景にエピソードをつづる。寺の檀家の総会で久しぶりに同じ時代を同じ土地で過ごしてきた者同士が、腹蔵なく語り合う。すべて語り尽くしあうには、同じ歳月がかかるであろう。「わしらの付き合いは、ずうっと、ずうっと、つづくだのぉ」という表現が過ごしてきた人生が、素晴らしい輝きで照り映えていることを知らされるのだ。
 甲斐という主人公がたどる、昔の面影の残る風景、あとかたもない風景などが妙に幻想的で、時間の演出するマジックとして、風景描写がよく活きて目に浮かぶ。土着的な言葉づかいが温かい味わいのある物語に読める。
【「こんな人生」鈴木孝之】
 文房具メーカー勤める松埜は、自分の商品企画が採用されないでいた時には、体調が悪かった。検査をしても異常はないと言われる。ところがその彼の企画が採用され大ヒットする。体調へ絶好調である。すると、そこで体内にはガンが巣食っていたことが判明する。手術し意識の快復しない彼は、子供たちに夢を与えた満足感から、微笑んでいる。人生の生きがいの教訓を物語にしているのだが、スピード感があって面白く読める。ドラマの原作にいいかも知れない。
【「道の向うへ」馬込太郎】
 自然に恵まれた農村地帯の高齢者の生活ぶりが描かれている。従兄弟が住んでいるところに自転車で行き、従兄弟の生活ぶりを老齢者の視線で眺める。体験からでたエピソードがどれも面白い。

カテゴリー:彩雲

<2011年12月29日(木)付、「文芸同人誌案内」掲示板より転載・投稿者:kitaohi>

季刊遠近第44号読後感(2011.12.29)北大井卓午

【「ノアの孤独」難波田節子】
 最初からトリビシ、アララト山といった聞きなれない言葉が出てきてちょっとまごつく。アルメニアも新聞などで見る程度で浅い知識しかない。聖書やノアの箱舟についての知識もほとんどない。こういった乏しい知識しか持ち合わせていない私のような読者でも、楽しく読める。作者の力量だろう。
 村井は商社勤めでワインの担当をしているが、現在年連れ添った妻と離婚訴訟中である。妻は子宮の奇形で子供を産めないのだが、ある宗教から原因は夫の罪による罰だといわれ、夫の入信を勧められる。村井は妻の悩みも分かるが、不妊で神経が壊れていく妻を煩わしくなってしまった。
 出張でトリビシ営業所に来た村井は、日程の調整ができ、アルメニア経由で帰ることにした。前回の出張で親切にしてくれたマシーとアララト山を一緒に見る機会を持つためである。マシーはアルメリア人で日本語と英語ができる数少ないガイドで、村井はマシーと一緒だと心が何となくときめく感じになる。グルジアの現地所長の秘書のニノが紹介してくれたという経緯もある。そのニノにアルメリアの国境まで送ってもらう。ニノとマシーは愛知万博のコーカサス館で一緒に働いていたという。アルメニアまで送って貰う車の中で、ニノとマシーが日本で初めて生活した時の習慣、文化の違いに驚いた話などを聞く。
 久しぶりに会ったマシーは元気そうだったが、少しやせた感じだった。作品は、マシーとの会話の中でノアの箱舟の話などが出てくる。作者の勉強した部分だろう。一般に、作者が勉強した知識を作品の中に未消化のままたくさん書きこまれると読むのが億劫になるが、この作品ではあまり嫌味が感じられない。
 マシーには日本に婚約者がいるのだが、婚約者は、東日本地震で両親と兄夫婦を一度に亡くし、今はその兄夫婦の子供3人と避難所で暮らしているという。そういう状態なので結婚を諦めることにしたらしい。一方、マシーにも高齢の父と脳に障害がある弟がいるという。
 村井はマシーに、兄夫婦の子供がもう少し大きくなったら、彼もこちらに移住してアルメニアにこれるかもしれないので待ちなさいというと、マシーもそうすると答える。
 全体の中でノアの箱舟の話が大きな比重を占めているが、今までこういった作品は読んだことがなかったので、面白く読めた。アルメニア人の生活習慣の中にノアの箱舟の話が本当にマシーと同じように入っているのかは知らないが、ノアに箱舟の話を中心に置き、東日本地震を洪水とダブらせたのはいい発想といっていい。私もインターネットでノアの箱舟を調べてみて、いろいろなことを勉強した。この作品の合評会に出席できなかったので、作者がどのような動機で書いたのか聞きそびれたが、東北地震のような巨大災害は必ず起きるという警鐘を含めて作品を読んだ。なお、箱舟の建造を命じられたのは、ノアが500?600歳であるといったことや現在でもタンカーなどの大型船の長さ、幅、高さは箱舟と同じ、30:5:3であることなどを考えると、近所の人や家族の思惑を現代の感覚で書く必要はなかったのではないか。技術のレベルの高さに触れてほしかった。

【「百日紅」安西昌原】
 父緑川浩二の一番下の妹の通夜に出席し、父の一番上の兄緑川叔郎の次女の啓子に会う。啓子の住まいが私と私鉄の沿線なので通夜、葬儀とも一緒に帰り、昔話をしたため、電車の乗車時間があまり苦にならなかった。
啓子の父緑川叔郎は化学工場を経営しており、昭和10年ごろから池上線の沿線に門先に見事な百日紅の木がある家に住んでいた。私たち家族は疎開先の前橋から、昭和22年夏から2年ほどその家に移り一緒に住むことになった。一家4人に与えられた部屋は2階の板の間付きの6畳間である。便所は共同だったが、台所は別で、使用を許されたのは井戸小屋でそこに七輪を置いて炊事、洗濯をすることになった。伯父の家族は伯父叔郎、妻郁子、長女陽子、次女啓子、長男昭、三女順子などで、私の家族はほかに弟悟がいる。
 私は啓子との会話で60年前のことを思い出し、釣りやキャッチボールの話をし、また、母の炊事が大変だったことなど恨みめいた話をしたが、啓子は昔をよく覚えていないと言い訳じみた口調で笑う。翌日の告別式の帰りの電車の中で、啓子は2人の母親同士が仲の悪かったことに触れた。その時不意にキャッチボールで私は昭の頭にボールを当て、大騒ぎになったことを思い出す。
このことがあってから共同生活の弊害を悟り、引っ越すことになる。
 エッセー風の作品で、誰もが、窮乏生活の中で共同して生きてきた戦後の辛さ、厳しさを書いており、作者と同年代の私には懐かしく読むことが出来た。しかし小説として読むと、ストーリーの中に入り込みにくい。小説としては、私はあまり評価しない。

【「どんどん橋」欅館弘二】
 作品は、最初から主人公の麦彦が新宿御苑の満天の星空の下で葉子と抱き合うところから始まる。葉子は、麦彦より4歳年上で池袋のアパートで12歳上の原田(作曲編曲作家でバンドマン)と暮らしている。葉子の父親は官選知事をし、その後国会議員になる。保守党の大物議員といわれている。葉子の母親は赤坂の芸者だったが、終戦の翌年病気で死ぬ。葉子は父親の蔭、ひなたの援護を受けて成長していくが、父に抱かれるようになる。
 いろいろ葉子のこと、葉子の父こと、原田などのことを書いているが、何を書こうとしているのかよく分からなかった。主人公が麦彦なのか、葉子なのかも分からなくなってしまった。もう少し書きたいことを整理して書くと面白い作品になったと思う。ちょっと残念だ。

【「口笛を吹いて大くじをくった」北村幹子】
 エッセーとして書いたのか、小説として書いたのかよく分からないが、小説の部分に掲載されているので小説として読む。
 昭和27年中学3年生の2学期が終わったときに、私が転校するところから物語が始まる。山口市の湯田中学に転校した。それまでは萩市からバスで1時間ほど奥の吉部村中学に在籍していた。その中学で2年のころから左翼かぶれになったこと、そして世界、中央公論、改造などを読み漁ったことなどが書かれている。湯田中学で、優等生総代にに選ばれ、また、県立山口高校に進学する。高校ではどの部に入って部活動をするか迷った。演劇部、新聞部、美術部などどの部にも魅力があったが、最後に決めたのは文芸部だった。また、校外のミール合唱団に姉と2人で入った。そこにはM青年がいた。そのM青年は党員らしい。その他高校時代にあまり勉強はしなかったが、試験の結果はよかったといったことが書いてある。高校を卒業後に徳山市に移ったが、就職試験は終わっていが、叔母の紹介で小学校の事務職に応募し、抜群の成績で合格する。
 ストーリーは自分史的で小説のように山場はない。小説であれば、学業の優秀さをひけらかすような書き方を止めて、読者が主人公に感情移入できるようなストーリーにしたほうがよかったのではないだろうか。自分史であれば、読者に読ませることを意識して書くといいと思う。

【「村暮らし」花島真樹子】
 友子、良男、ゆきさん(春野ゆき)の3人が登場人物の作品であるが、3人の背景がよく分かるように書いてあり、最後まで面白く読めた。
 友子は、3月11日の地震で、住んでいたU市の借家が見た目には分からないが、少し傾き、生活していると気分が悪くなる状態になった。引っ越そうと思い、不動産屋に行き、奥秩父の荒川沿いの小さな村の村名をいい、空き家がないか調べてもらうと、直ぐに見つかる。15年前に女4人でドライブ旅行をしたところで、不動産屋から渡された資料では、当時と変わっていない。2週間後にそこに行く。ローカル線の終点から20分ほどなので、歩いていく途中の道路脇の菜園で草むしりをしている老婆に声をかけると、家主となるゆきさんだった。家は、以前老夫婦と娘夫婦が住んでいた同一敷地に建つ2軒の家で、それぞれ独立しており、老夫婦が亡くなり売りに出されたものを、ゆきさんが5年ほど前に購入したという。老夫婦が住んでいたところにゆきさんが住み、娘夫婦が住んでいたところを貸すのだという。ゆきさんとの会話の中で「人間は所詮エトランジエールさ・・」といったゆきさんの言葉に彼女のインテリジェンスを感じ、直ぐに借りる決心をする。
 2年ほど同棲している良男に、家を探す際にこの村の話をすると、そんなところから通勤できなと反対されたが、実家に戻り、週末だけ来ればいいということで押し切る。
 ゆきさんは高校の教師だったが、狭い田舎が嫌で、夫と8歳の娘を置いて同僚と東京に逃げたという。結局男に捨てられ、塾の講師などをして生きてきたと話してくれた。
友子も小学校5年の時に母親が病死し、直ぐに父親が再婚したが、新しい母親に馴染めず、高校の時から下宿生活をしたという過去を引き摺っており、2年も一緒に暮らしている良男と結婚に踏み切れないといった臆病さを持っている。
 ストーリーに大きな山のようなものはないが、人間の生き方を考えさせられる何かを感じさせてくれた作品だった。これからもこのような作品を期待したい。

カテゴリー:季刊・遠近

2011年12月26日 (月)付、「文芸同志会通信」より転載いたします。

【「月橘の香り」登芳久】
 冒頭に松本清張の「半生の記」の抜粋があって「私は一人息子として生まれ、この両親に自分の生涯の大半を束縛された。少年時代には、親の溺愛から、十六歳頃からは家計の補助に、三十歳近くからは家庭と両親の世話で身動きできなかった」とある。
 話の中味は、亡くなった夫人との想い出で、良き理解者の伴侶を失った感慨に胸を打たれる。若さ溢れる時代を、瑞々しく思い出すのも切ないものがある。結局、人生の重心に親の面倒をみることがあるのは、日本の家長制度に沿って生き抜いた最後の世代になるのであろう。
 それはともかく、作者は著書もあってものを書くことで収入にしてきたが、ここえきて、同人誌にお金を出して書くという状況からも同人雑誌の存在意義を感じさせるものがある。
 たまたま、私は松本清張が菊池寛の作風にどれだけ影響を受けたかを、調べているので松本清張の「半生の記」を持っている。
 清張は、終戦後に朝鮮での兵役から引き揚げ、帰国した時に、次のように述べている。
「いま、私はたった一人であった。これから二里の道を歩いて両親や妻子の居る家に戻るのも、ひとりどこかに逃げて行くのも私の自由であった。なぜ、そんな考えが起こったのか」。それほど、日本の家長制度が重かったかである。同時に、安易な気分で、戦死をするわけにはいかなかったのであろう。
 自分自身でこれを考えれば、小学生の頃から家業の手伝いをさせされ、労働力として必要とされた。家業が廃業となると、働きに出て給料の一部を家に入れ、家計の足しにさせられた。定職に付かず、アルバイトをしながら大学に通うようになると、仕事が続かないことが多い。お金を入れないと、よく親から家計負担分を催促されたものだ。しかし、当時とは言え、本当に親は子供の稼いだ金を必要としていたのかどうか。その辺はわからない。ただ、そのことにより、お互いの存在について認め合う絆ができていたことは確かだ。その時代が健全で、現代が病んでいるということは間違いないが、それを意識できないほど重病な日本である。あれほど、親の溺愛からの自由を求めたように記す松本清張が、代表作「砂の器」では、家族の絆の切ない思いをテーマにしているのである。

カテゴリー:相模文芸

「相模文芸」第23号-1-

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12月25日 (日)付、「文芸同志会通信」より転載いたします。
 本誌は、地域の総合文芸同人誌として、会員の拡大が続いているという。その運営に力を入れていた戸狩雅巳氏は、それを受けて今後は執筆活動に力を入れるという。

【「裁かれざる者」戸狩雅巳】
 国鉄労組時代の労働運動で、馘首された時の話。特定の時代を背景にし、短いものながら、エネルギーが出ている。過去の時代における臨場感なので、そういうこともあったな、と云う感慨にとどまるのだが、生活がかかった思想闘争の様子は迫力がある。ほかに「掌編帳」という作品がある。氏は昭和17年2月生まれだという。わたしも同年同月である。毎年、自分の誕生日近くになると、朝鮮半島の偉大な指導者の生誕記念パレードのニュースが流れるので、複雑な心境になったものだ。戸狩氏もわたしも偉大な指導者より、長生きしたことになる。来年は古希らしい。これを読んで知った。家の事情で上京したのか、させられたのか、「長いようで短い」という述懐がある。今後は創作に専念するそうだ。同い年である自分も偶然に同様のことを考えている。素直な実感が感じられる。

カテゴリー:相模文芸

「奏」2011冬(静岡市)

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12月22日 (木)付、「文芸同志会通信」より転載いたします。

【評伝「小川国夫―最終回」勝呂奏】
 評伝にもいろいろなスタイルがあるが、この連載では小川国夫の独特の文体の生まれた背景や経過を明らかにする姿勢があり、ものを書く人のための評伝という色合いが濃い点で興味が尽きない。読みやすさ、判りやすさがある。それは同時に、文芸になぜ純文学のジャンルが存在するか? というこだわりが含まれて、示唆されるものがある。
 小川国夫といえば短編作家であると思っていた。晩年の長編小説完成の話題にも、資質が変わったという程度の知識しかなかった。それがこの評伝によると「弱い神」というのは、ただの長編ではなく、「『試みの岸』と同様にフォークナーのヨクナ・パトファ・サーガを模した、駿河西岸を舞台にした壮大なフィクションの現場に、読者は参加することになったのである」という。
 そのあとに、三十代に本多秋五に「肯定」してもらったことの小川の喜びなどが、活き活きと記されている。
 栄光に照らされた作家の手法に、感心するというのは、お門違いであるが、自分は自分なりに「純文学というものが、短編で書き散らしただけで済むものか」という疑問があって、終りのない自分だけの小説の制作について考えていただけに、ひとつの制作法として、参考になった。
 要するに、純文学的表現における散文のどこが作文と異なるのかー、という現代では極めて曖昧になっている問題に、何か有力なヒントになるのではないかーーというのはわたしの勝手な感想である。
 同人雑誌に掲載された作品でも、それが文学なのか、ただの作文なのかを見分けるのは大変難しい。ひとつにはそれが短編であるためで、ある程度の長さをもってすればその本質が見えるような気もするのである。
 関連したコラムで、【プライティア・小川国夫「速い馬の流れ」雑考】があるが、小川国夫がどこをどのように推敲し、省略してしまうかが、丁寧に検証されており、いわゆる小説的な散文が、詩的散文に転化するぎりぎりのところに置かれていることがわかるので、興味深かった。本誌全体の構成作風に真摯に丹念に書く姿勢が、文芸の価値を形成しているのは確かである。
発行所=静岡市葵区北安東1?9?12、勝呂方。

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