2011年5月アーカイブ

2011年5月16日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌には第7回森田雄蔵賞の受賞作が、加奈山径氏の詩・「私小説」(同人誌「ふたり」)と、尾関忠雄「タヒチの幻想」(同人誌「北斗」)に決まったとある。受賞の言葉と選考委員である、岩田光子、石川友也、野辺慎一、陽羅義光、各氏の選評がある。
 森田雄蔵氏(1910?1990)は、「小説と詩と評論」の元発行人で、木々高太郎氏(直木賞作家)が創刊した本誌を20年以上にわたり主宰し、継承した方だそうである。
【「死後述懐」陽羅義光】
 ―私はもう死んでいる―からタイトルどおりに死者になったばかりの男の独白。散文詩的なイメージで表現してある。ジェームスジイスの「ユリシーズ」の意識の流れに似たような手法だが、この方が日本的でわかりやすく面白いかも。
【「一笠一杖―四国冬へんろ日誌」雨宮湘介】
 遍路日誌は多いが、読めば面白い。1月15日のなかに「空」の解説があり、その説明ぶりが、日本での「空」の解釈として読むと興味深い。
【「優しい貴方」畠山拓】
 講演をする男につかず離れずの女性の独白体小説。男を「貴方」と称して、彼の講演先での女性関係を観る。恋愛感情をからめて、謎があり、年齢不詳の不気味な味もあって面白い。
【「雑木林の下で」宮部友子】
 この女性も中年か、人間関係のない観察的な女性から見た幻想的社会風景。
【「究極のギャンブラー」美倉健治】
 ガンブル好きのペンキ職人のギャンブラーへの憧れ、夢を語るが、意外と手堅い話で、これもギャンブラーのひとつの姿か。作者はあまりギャンブルをしないらしく、競馬、競輪、競艇へのイメージぶりがわかって面白い。
【「詩に出会うとき??」石川友也】
 ランボーの評論である。訳はいろいろなのがあるが、ここでは粟津則雄訳。70歳の詩人がランボーに宛てた手紙のスタイルが洒落ている。作者のやわらかな心が伝わってくる。まさに、
見つけたぞ 何を?  永遠!!太陽と海が番ったのを

発行所=123?0864足立区鹿浜3?4?22、のべる出版。

カテゴリー:小説と詩と評論

「孤帆」17号(川崎市)

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2011年5月15日 (日)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

(1)
【「つっけんどんな夜に」北村順子】
 現代そのものを素材にしている。話は、先に会社を辞めて起業した吉川さんに会って会社の愚痴をいったら「もう辞めたら」と言われてしまう。吉川さんはベビイ服のリサイクル販売やレンタルショップで順調。ビジネスに新天地を見出した吉川さんは在職中の散漫な生活から脱け出していた。その後、会社の不満が鬱積した「私」木村より子は、在職18年になる職場の退職願いを出す。(大事件だが、主人公のこだわりがない)そこで次の職を探すが、その前に近くのパン屋のアルバイトあっさりみつかる。こうして、人生の転換の一時期を生活日誌のように書いてある。いまどきこういう作風が流行っているのであろうか。世相描写・風俗の現代を描いてあるが、いちばん小説的なところがストンと抜いてある。小説を読んだあとは、読者はその存在の意味を考えるのだが......。ただ、昔アメリカの小説の翻訳でこのような手法らしきの作品を読んだことがある。

カテゴリー:孤帆

2011年5月10日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「種の起源」牧草泉】
 今でも役に立つ原理が記されていて面白い。大学でマルクス主義的な生物学を学ぶ時、教授に「生物学生徒の『種の起源』読まず、マルクス主義生徒の『資本論』読まず、という定評がある。君たちは最後まで読もう」といわれたのを覚えている。ここには、著者のダーウインか、毎回表示した方が親切のような気がする。同人誌だから仲間内の私的な書き物でもいいのだが。

【「漂砂」有森信二】
 学費もままならぬ農家にうまれて、苦労を重ねて大学教授の地位を得た主人公が、自立神経失調症の激しい発作に襲われる。病名的には高血圧の血圧変動による神経異常らしい。この病状は体験をしない他人にはわからない。その症状の表現は迫力がある。眩暈はその人の存在であり、人間の孤独な個性の普遍的な側面に触れて深みを感じさせる。神経バランスの偏りのある体質が、幼少時からもって生まれてあったように感じさせる。大学教授という社会的な地位は、まさしくその個性の持ち主であるのだが、その病の体質は、誰にも理解されないし、伝えようもない。物語の構造に従って、社会的な地位を失って、喪失感を出すのだが、読者には、その病が生まれて変わらず、主張する個性のもつ孤独が伝わってくる。
(「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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2011年5月 9日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 後記によると、編集者の小川和彦氏は、和洋女子大学主催の「エッセイを書く」という公開講座を行い、小川氏が退職した後に受講生が「エッセイを書こう!」という勉強会を作って始まったそうである。

【「四人寄れば」坂本順子】
 連作・S町コーヒー店の10回目で、いつも日常生活に沿った掌編でうまくまとめている。というより、出だしから書くべきことに的を心得ていて、けれんみがなく、作家的な手腕がよく発揮されている。
 年配の兄弟がお互いに連れ合いを伴ってお茶をしながら、年老いた両親の住まいと生活の見守りを話題にしているのを、作者が耳にする。嫁と舅の話に女性の耳が反応する。
 話題は、いかにして両親に無事な老後をすごしてもらうかという生活の算段だが、それが実に、今は失われがちな、人情がまだ残っている様子を描く。心温まる話に現代的な作者の心が映される。昭和の時代には、年寄りにいかにより良く過ごしてもらうかに、重要な価値感があって、それをなし遂げると、世俗的な成功に勝る自己満足を得て、心の平和としていた。
 義理と人情のしがらみの産物であるが、個人主義が流行り、年寄りと気が合わないで主体性が保てないと、まず自分が不幸。逆にそのしがらみを断ち切らないと、心の平和が得られないということになり、合理的なごたごた解決策の核家族化。別居全盛である。不合理を排除した寂しさの感慨を与える話にしている。

【「決壊」杵淵賢次】
 別荘団地自治会実記?である。今回は、団地に高台と崖下のエリアがあって、さらに山の上からは「暴れ川」があるという。高台から土石流が起きて道路が決壊するというので、大変である。自治会役員が市役所と交渉し対応にあたる奮闘ぶりがすごい。温泉パイプなどもあるので、高級な団地らしいが、そんなこともあるのか、読んで驚いた。面白い話という前に、大変そうで、そんなことを言っていられない切実さがある。
 発行所=〒富里市日吉台5?34?2、「なんじゃもんじゃ」会。
(「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:文藝誌「なんじゃもんじゃ」

「婦人文芸」89号(東京)

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2011年5月 4日 (水)、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「太宰治とその死」菅原治子】
 太宰治といえば、小説の巧さは天才、私生活は無分別で定評のあるところ。それに対し、著者は生活者として分別のあるところを冒頭からぴしりと表現して、それが何を語るのかと、まず興味を掻きたてる。そのセンスの良さにひきつけられて読み進む。太宰の死への向かい方が、分別をもった視点で再編成するとこうなるかと感心させられていく。
 太宰がその場の空気ごとに、誠実に対応するが故に、その場面と別の場面との世俗的関係性に一貫性を欠き、矛盾を招く状況が見事に浮き彫りされてゆく。現在ならばKYが読める人間としてスターであり続けた作家なのかもしれないと思わせる。真正面から太宰治の性格に照明をあてた説得力のある評論であった。
【「十字路」淘山竜子】
 働きながら大学院に通う若い女性の生活とその環境を描く。現代風俗小説に読めた。小説として書くべきところを、意識的に欠落させているらしいところがあり、それがどういう創作感から来ているのか、短いのでわからないが、手法として謎めいた印象を残すので、ちょっと変わった趣向の作品として印象に残った。
【「またも、ヘアダイ騒動」秋本喜久子】
 語りの面白さに天性の才気を感じさせる。同時に、こうでなきゃあね、と書く姿勢に共感を感じさせる。
【「追悼 井上やすし先生」野間悠子】
 井上やすしの日頃の活動の有り様を知って興味深かった。インターネット情報について、「インターネットからは何ひとつ情報を得てはいけない。ロクな情報はない」と、説いたそうで、同感である。自分でも、書いていながら、扱いに困惑することがある。もともと、これもメディアであるから、それら全般について、利用すべきもので、信ずるものではないということが言えるかもしれない。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:婦人文芸

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