2010年9月アーカイブ

2010年9月23日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 編集後記によると、編集者の小川和彦氏が、2006年に本誌を創刊し(100%手づくり)、「文藝年鑑」からアト・ランダムに60ほどの文芸同人会を選び出し、送ったという。現在は「カオス同人会」と交流会をもつ。
【「連作・S町コーヒー店9―連れ」坂本順子】
 もう連作の9作になるらしいが、いつもコーヒーショップを舞台に市民の生活ぶりを巧に掌編にしており、作品内容もイラストも上品で渋みがある。今回は配偶者がいない年配男女の交際のひと時を、短く精緻な感情表現で鋭く描く。創作的な腕力が抜群で、感心させられながら読まされる。記念エッセイで次兄と電話で無事を確認しあう話も心温まる。自分にも兄弟姉妹がいるが、なかなか羨ましい。
【ノンフィクション「別荘団地自治会長実記―『あの時』の男」杵淵賢二】
 リゾート団地内に珍品のキノコが生える場所がある。そこに無断でキノコを採取する夫婦がいて、作者はそれを発見し咎める。夫婦は当初は無視していたが、作者が警察沙汰にする姿勢をみせると、妻のほうが土下座して謝る。すでに車に積み込んだものもあったらしいが、それは不問にして解放する。
 のちに町の野菜販売店にいくと、その夫妻が経営していた。それが、店主が「あの男」なのである。お互いにその存在に気づいたが、知らぬふりをして過ごす。
 現代は商売をするにも厳しい状況であることや、土下座して危機を潜り抜けようとするおかみさんの逞しさなど、大変重みのある味わいのものになっている。
【「友への鎮魂曲」小川禾人】
 友人を失うことは、なんともいえぬ喪失感がある。この作品では、大学が四谷よりにある大学で、靖国神社や市ヶ谷の土手の付近がでてくるので懐かしい。自分は反対の飯田橋から市ヶ谷へ向う大学で、当時の品格はそれほどよくない雰囲気であった。母校について語るのに戸惑うのは、現在も存在していて、その在校生の現状と当時の事情がどういう関係になるのか、わからないことである。また、不思議な縁で作者の友人が大森のカトリイク教会であったという。自分は娘が小学生の頃、教会というのを体験させようと見学にいったら、しばらく迷える羊たちの仲間にいれられた経験がある。あそこかな? などと思いながらで興味深く読んだ。
発行所=〒286?0201千葉県富里市日吉台5?34?2、小川方。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:文藝誌「なんじゃもんじゃ」

「雑木林」第13号(枚方市)

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2010年9月17日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌の目次に、エッセイと小説と雑記というジャンル分けがしてある。ここでは、雑記とされているなかで、純文学的作品をひとつ紹介してみたい。
【「帽子」水野みち】
 冒頭に「昭和の世界恐慌の年の暮、私は次姉とは年子という悪条件で生まれた」とあるから、作者はかなりの年配者である。同時に、合理性をもった滑り出しで、その文章力の確かさを教えてくれる。人生が戦争の世紀であった20世紀の民衆の体験と目撃の記憶を、エピソードを選んで淡々と語る。
 その記憶の扇の要のようになるのが帽子である。話がどのように広がっても、その民衆の記録の方向は帽子によって、エピソードが散逸することがない。2・26事件、日中戦争、太平洋戦争、敗戦後と歴史の記録の背後に、人間はどのようであったかを具体的に肉付けしてみせる。巧みな構成になっている。
 エピソードを順繰りに並べたと読むとたしかに雑記的だが、それらを帽子という鎖で有機的に関連させると、文学的な感銘に誘われる。
 ふつうの物語は起承転結があって、感情的なうねりがあるので、途中から盛り上がり面白く読める。
 これが「物語の構造」であり、世界共通のものといえる。ミステリー小説などはその最たるもの。大衆小説と純文学にもその構造がある。村上春樹の小説が国際的に理解されるのも、この構造があってのことであろう。同時に、その手法は大衆小説にもあるために、村上作品に疑義を感じる読者もいるかもしれない。常に読み流しが可能なため、読解が不充分であるまま読了してしまう危険性をもつ。
 ところがこの「帽子」という作品には、エピソードを読み進んでいってどんどん面白くなって読み流すということは出来ない。そういう構造がないから、読み飛ばすことできない。ひとつひとつをよく読めと、読者に迫ってくる。ひたすら、その時代に体験した「私」の出来事の恐ろしさ、楽しさを味わうことを要求する。エピソードの選択が、作者の精神そのものの表現になっている。ちょっと志賀直哉に通じる文章技巧を感じて、懐かしいものがあった。
発行連絡先=〒573?0013枚方市星丘3?10?8、安芸方、「雑木林文学の会」。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

カテゴリー:雑木林

九州文学

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ブログ「海峡派」から許諾を得て転載します。


新しい『九州文学』が届いた。

先日の日記で書きましたが、まずは、第4回富士正晴全国同人雑誌(大賞)受賞 おめでとうございます。

小説
水晶川 ・・・三東崇昇
村がダムに沈むという小説はいろいろあるが、少年の僕を通して物語は進む。ダム建設の作業員である老石工が、発破で出てきた水晶の詰まった切片を僕にくれる。それを体の弱い従妹の比奈子にあげると、とても喜ぶ。もっと大きな水晶が出たら、あげようという石工の言葉に、比奈子をもっと喜ばせてあげられると、発破のたびに心躍らせ、尋ねるのだが、そう簡単には出ない。やっと大きな水晶が出てきたときには、比奈子は死んでしまっていた。
ダム建設の描写、山の景色や鳥の鳴き声、実に生き生きと描かれている。石工や比奈子だけでなく、僕の周りの人々、大桜を楽しみにして幻影を見ながら亡くなる祖母やかわいがってくれていた祖父のこと、京子さん、比奈子の亡くなる前に生まれた剛のことなど、豊かな交流がていねいに描かれている。

青いマスカラ ・・・蘇芳環
山陰から博多の都会のデザイン学校に入学したわたしは、晴絵にコンパに誘われる。そこで出会った青いマスカラのハーフの女性に惹きつけられる。忘れられずに、青いマスカラを探し求める。そして、バイト先の店に現れたのが青いマスカラのレナさん。彼女は奇遇にもそのビルの一室にすんでいた。晴絵の彼からバイクで山陰ツーリングに誘われ、断るが、半ば強引に話を進められ、その彼は下見の途中で事故を起こす。事故がわたしせいだと晴絵に責められる。茫然としているわたしをレナさんが助けてくれ、打ち明け話を聞く。そして夢を掴もう、と。
わたしという一人の学生時代の勉強、バイト、友達、恋人、いろいろな出会いと別れ、苦悩が切なく描かれている。青いマスカラも効いている。

ザコ専門? ・・・浜元良平
?というからには、?、?があり、その続きなのだろうか。印刷所経営の耕介と、幼友達で、役所を定年後、足を怪我して杖をついている勇三との軽妙な掛け合いが面白い。ザコというのは釣りでのザコのこと。釣りの描写が克明。

風子は大学生 ・・・城山東子
風子は、独身で、30年どうにか勤めを終え、人生を振り返る。あのとき、どうして大学に行かなかったか、と悔やむ。ちょうど、月子という友人が、息子と一緒に大学受験をするという話にのり、一念発起し、受験勉強をする。第一志望はダメだったが、晴れて60歳で大学生。勉強も経済的なことも大変だが、学びたいことはたくさんあると再確認する。
人生を前向きに進む強さに心打たれる。その強さは、離れに住むちゃらんぽらんな兄をぎりぎりのところで見捨てぬ優しさをも持ち合わせている。タイトルはどうだったろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

330ページはある、分厚い同人誌だ 同人も100名近い
今号は、堀勇蔵氏の追悼特集でもある。堀氏とある友人のことを書かれた西田秀樹さんの追悼文に、存じていないものの、堀氏や大江君のことを思わずにいられなかった。

堀氏は、『去年、国道3号線で』で、直木賞候補にノミネートされた方です。ご冥福をお祈りいたします。
         ...... (海峡派waka)

カテゴリー:九州文学

「照葉樹」9号(福岡市)

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2010年8月31日 (火)付、「文芸同人誌案内」http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm掲示板より転載いたします。

投稿者:kitaohi
先日照葉樹9号を送っていただいたのですが、バタバタしていてやっと読み終えたところです。いつものようにこのサイトに感想を書かせていただきます。ただ、毎回お断りしているように、文学的な素養がありませんので、的外れな感想になっているかもしれませんが、その点はお許しください。また、である調で書いていますがこれもご容赦ください。

【十薬美身水(じゅうやくびしんすい)】垂水薫
妙子は75歳で親が残してくれた家に1人で住んでいる。両親が生きていたころは生り物の木が所狭しと植わっていたが、1人きりになり、生り物の木はすべて抜いてしまった。庭には南天などの低木だけだが、梅雨時になるとドクダミが占領し、抜いても抜いても生えてくる。
妙子には姉がおり、その姉は結婚して6人の子供を育て、その6人から20人の孫が生まれている。妙子は姉からは、ぐず、のろまなどといわれ、結局結婚をせずに、混乱と錯綜を繰り返す母親が92歳で亡くなるまで面倒を見た。母親と姉はとても仲が良くいつも電話をかけ合っていた。母親を置いて買い物に行き帰ってきたら母親は亡くなっていたのだが、姉はそのことを責め、以後、絶交状態になってしまう。母親が亡くなったのは妙子が62歳の時である。
母親の1周忌が済んだ年の同窓会には妙子は出席していないのだが、そのの帰りに、母親の仏壇に線香をあげに立ち寄ってくれた同級生の中に何故か、2年先輩の伸之がいた。その伸之が妙子の庭のドクダミを抜くのを手伝ったことが縁で、毎週妙子の家に来るようになる。とはいっても抱き合うわけでもなく、会話だけの関係だ。その関係が10年ほど続く。伸之には妻がおり、子供たちも近くに住んでいるらしい。伸之が3週間ほどこないので手紙を書こうと思っているところに、電話の予告もなく伸之が現れる。そして、人生にはいろいろあるといって帰り、それっきりで2年経った。
今年はドクダミでドクダミ茶を作り、欲しい人にあげようと張り紙をしたが、1か月たっても貰い手は来ない。そんな時に現れたのがサチヨだ。現在70歳だという。
この作品は、サチヨが現れてから、活き活きしてくる。作品は原稿用紙で130枚前後だろう。読み始めたときちょっと退屈で読むのをやめようかとさえ思うぐらい長い作品だ。ただ、文章は十分に練られており、1行1行のすべてが説得力のある言葉で詰まっている。伸之との淡い関係、伸之と家族の関係、別れるに至った原因の思わせぶりな部分等、もう少し読者が理解できるように書いてもいいかなと思った。
陽気なサチヨが登場してから、テンポもよく、ここから大きな展開があってもいいような作品になってくる。考えようによってはサチヨを浮きだたせるために、前半を置いたのかもしれない。
同人誌の書き手が高齢化しているといわれているので、このような作品が多くなるかもしれない。作者はどんな材料でも上手くさばき、素晴らしい作品にするのでいつも楽しみながら読んでいる。今回の作品も素晴らしいが、今後の作品も楽しみだ。

【ルイ子の窓】水木怜
小松原は55歳、F大医学部で将来を嘱望されていたが、12年前に、精神科・心療内科クリニックを開業する。事務は妻の聡美が担当し、看護師は合田という普通の医院だ。娘の小絵は大学生である。
小松原は心の病を持った独特の患者の対応に疲れ切っている。医師であった父親は、小松原が心療内科医になるといった時に、おまえにはその分野は不適格だといわれたことを思い出してしまう。その小松原の唯一の息抜きは、母校での週1回の講義の後、スターバックスでコーヒーを飲みながら本を読み、帰りに中洲の飲み屋「しんや」に行き、マスターの真也とおしゃべりをしたり、客のルイ子と会話を交わすことだ。ルイ子は小松原より6歳年上なのだが、うっかりすると年下に見てしまうことがある。
真也は、かって学校で虐めにあい、登校拒否から自傷行為をするようになる。母親に連れられて小松原のところに来るようになった。真也が父親の店を継いだのが28歳の時で、真也から電話をもらったのがきっかけで、真也の店に行くようになる。ルイ子は、真也の父親のころからの客で父親の同級生だという。この店でしか飲むことができない芋焼酎「乙女の涙」は、ルイ子が好きになった青年宮森作治試行錯誤を重ねて作った焼酎で、名付け親でもあるという。
ルイ子は、実の父が亡くなったのち母親が連れてきた義父の性的暴力を逃れるために、義父を猟銃で撃ち、村にいられなくなる。40年以上も前の話である。
作品は聡美と患者の話、患者の大井さつきの話、小絵のインド・ネパールへの旅行の話などを絡めているが、小松原とルイ子の心の交流、真也とルイ子、真也の父親から聞いたルイ子の話が中心である。ある程度まで読み進むとルイ子の最後の行動が見えてくる感じだが、これはやむを得ない。
心療内科医の目を通して虐めの問題、家庭内での性的暴力などが書かれていると同時に、その心療内科医も心の病の境界線上で苦しみながら生きていることがよく書かれている。意欲的な素晴らしい作品である。

カテゴリー:照葉樹

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