2010年5月アーカイブ

「婦人文芸」第88号(東京)

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2010年5月17日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【エッセイ「かけがえのない小説との出会い」河内和子】
 翻訳家である作者が、辻邦生著「春の戴冠」という956頁からなる大作について、その感じるところを書いている。いろいろの人脈の縁もあるが、何よりもイタリアに魅せられ「ホームステイのイタリア」(参照:ホームステイのイタリア・サイト)という著書をもつほどのイタリア好きである。そこからサンドロ・ボッティチェルリの生涯を主題にした「春の戴冠」の文章表現と辻邦生の作家的な体質について、詳細に語っている。「それまで日本人が書いた外国人を主人公にした異国の歴史小説を読むということに抵抗感があった。日本人が外国人になりきれるものだろうか」という素朴な疑問が現地イタリアを知ることと辻邦生の文章表現力に魅せられていく過程がよくわかる。
 なんといっても、日本人は私小説が文学の原点となる風潮がある。辻邦生には「安土往還記」という戦国時代のものがある。その語り手が渡来したイタリア人船員という設定で信長を描いている。現在は時代小説が売れるという傾向のなかで、売れてもいいはずだが、その設定と純文学的な文章で、脚光をあびることはなさそうだ。辻の幻視的で人生の虚無的な暗黒を凝視した作風など、いろいろと思いをめぐらすことの多いエッセイである。(参照: 「詩人回廊」河内和子の庭)

 本誌にはその他「シナリオ」音森れん、「何でもない一日」土佐絹代、河田日出子「キャサリンとの日々」などの小説もある。「キャサリンとの日々」は、ヴァージニア・ウルフというマニアックな作家について書いており、私も「波」を読んでいるが、愛好家が健在だなと思わせる。
 都築洋子「エンゼルフィッシュ」は、出だしが「下腹部のあたりで何かがはじけるような感覚とともに目が覚めた。/『金魚?』」というセンスがいい。読者の眠った神経をたたき起す工夫がある。やはり人間は共通の五感の感覚があるのだから、文章表現にそれらを活用しない手はない。

カテゴリー:婦人文芸

2010年5月16日 (日)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。
(1)
 本誌は文学フリマで販売のほか、書店で扱ってもらっている意欲的な同人誌である(参照:「サロン・ド・マロリーナ」サイト)。
【「革命、憂国、あるいは、太陽」竹内きみまろ】
 若者が日本の社会にあきたらず外国に渡って、人生修業をする体験話。昔は教養小説というジャンルがあったが、現在ではグーロイング・アップものとでもいうべきか。とにかくエネルギーがある。とろんとしたところがないのが良い。随所に読みどころがあるが、先を急いで書き流しているところがあるのがもったいない。それと、終わりが予定調和型で、いちおう結論めいたものが出ている。この辺が起承転結に縛られているなら読物であるし(純文学ではありえない)、もし純文学ならなにも予定調和スタイルにする必要がない。その辺に工夫の余地感じさせる。いろいろな面で問題提起のある作品である。幾度でも再編成する価値のある題材である。

【「やな場まで」塵芥川文之介】
 自意識のあるペンネームに思わず笑ってしまう。しかし、出だしの「川原の石ころたちは、あれはあれで大変な思いをしている」とあるのには、ある才気を感じさせる。清流なのか濁流なのか?ひと目で興味を引く。このようにするとこの小説の舞台と作者の視点が、三脚の置いたカメラのようにしっかりとしていることを示している。読者にこれから、どんな舞台でどんな物語が展開するかを予感させ、安心させる。意識的なものであればかなりの書き手であろう。内容も詩精神にあふれ文学性に富んでいる。

【「樅の木」新木寿幸】
 これも出だしから言わんとすることがすっきりと示されている。爽やかな風のくる風景から、感性の良い清潔な文章で人柄がにじみ出ており、途中経過が、読む者を引き込むし風土性が味わえる。身内の病のこの種のテーマでは巧く書かれた作品が多いが、この作品はこの時でないと書けない独自性をもっている。
【「花葬の影」和泉あかね】
 葬儀屋さんの話だが、新感覚ですっきりと描いてあるので、面白く読める。なるほど、なるほどと納得させ、伝達性に優れた表現力がある。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~michimar/salon/index.html

カテゴリー:サロン・ド・マロリーナ

「木曜日」No.26

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【「鏡裡炎上」よこい隆】
「俺」、小料理屋のおばさんである「あたし」、美由紀という名の「私」の3者が語り手となり、それぞれの視点で書かれている。「んっ、これは誰だ? ああ、この人か」という調子で読み進んだ。それぞれに文体を変えたらもっと判りやすいと思ったけれど、ここが作者の意図する「鏡」なのかなあ、と文学的に鍛えられていない私は思いました。この作品で驚嘆したのは、次の展開がまったく読めないこと。普通は「この人とこの人はこうなるかなあ」などと、ぼんやり考えながら読み進みます。それがまったく浮かばない。ふと、自分は何を期待して読んでいるんだろうと思いましたが、作品世界に浸りたくて一気に終わりまで読んでしまいました。

カテゴリー:木曜日

「カム」Vol.6

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【「掛(か)けまくも畏(かしこ)き」芦原瑞祥】
主人公、柏木宮子は神社の娘で、神主である父と妹の3人家族。神道や行者界のしきたりなどが詳しく書き込まれていて、用語も興味深く、独特の雰囲気が漂っている。巫女さんの緋袴に清々しさを感じたり、「結界」という言葉に不思議な力を思ったりしながら引き込まれた。行者の弟子である寛太君の事情も納得がゆく。ただ、結末があまりにきれいにまとまっていて、おどろおどろしさのテンションが一気に毒気を抜かれたように感じた。八方破れでめちゃくちゃのまま終わる方が、印象が強いのではないだろうか。言うのは簡単だけれど、これがなかなか難しい。どうしてもバランスを取って書いてしまう私自身の願望が混じった感想です。

カテゴリー:カム

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