2010年2月アーカイブ

 「照葉樹」8号を拝読した。

 読後、水木さんと垂水さん、ひとりは赦す作家、もうひとりは責める作家、何と対照的な書き手かと思った。
 かつて三島由紀夫が太宰治を評するのに「「責める作家と赦す作家」という言葉を用い、太宰を、責めながらも最後には赦してしまう二面的な作家とみなしたエッセイを読んだ記憶があるが、「照葉樹」8号では水木さんは徹底的に赦す作家というか現実肯定の視点、人間は生まれついての善なる存在であるあるという性善説的視点からから「緋色のリボン」を書かれ、「TENDER LOVE」も書かれている。
 「緋色のリボン」は、この長さ(短さ)で柿の皮を剥いて干すという行為を書きながら一家の状況を描いてしまうという巧みさに感心した。ただし、やはり登場人物たちがあまりに性善説的でありすぎて、出来すぎた、劇作の世界でいうウェル・メイド・プレイに近いものを感じ、逆に物足りなさを感じた。
 「TENDER LOVE」も同様で、読者はストーリーの上に実にうまいこと乗せられて運ばれて結末に至ってしまう。「おいちゃん」の人間観、世界観もあまりにも性善説的で、テレビドラマ的な心地よさは確かにあるのだが、天邪鬼な読み手としては、つい、もっと人間という訳の解らない存在の奥深いところをみせて欲しいなどと、無い物ねだりなことを考えてしまうのでした。

 続いて、反対に責める作家であるらしい垂水さんは、「刻む」という作品の冒頭で、いきなり幼い女の子を火事で焼死させてしまう。これには度肝を抜かれた。小説というものがいかに虚構であるにしてもである、書かれた言葉を対語訳的に読み進んでゆく読者にとって、それはすでに虚構現実とでもいうべき現実なのである。なぜ、ここにひとりのいたいけな幼女の死が置かれなければならないのか? この死からどんな奇跡のマジックを作者は見せてくれるのだろうか? 
 そう思いながら読み進めようとしたが、実は途中で一度読むのを放棄した。未央という娘を自分たちの過失から死に至らしめた夫婦は、彼らもまた死のうとしているのである。しかも簡単に死ぬのではなく痛みを感じたいばかりに夫婦で自分たちの体にしろうとながら刺青を彫ろうとしているのである。このあまりのネガティブさ(!!)に一度「照葉樹」8号を手から離した。
 しかし、一日置いてまた手に取り、結末まで読み進んだ。
 刺青を彫っている間に、夫婦の視線は死から生へ向かうようになり、仕事を探して生きようとする。
 子を火事で死なせて終った自分たちを責めて責めるのだが、その結末に、「赦し」がぽんと置かれた。何だか読むのに疲れる小説ではあったが、作者渾身の荒行であることは間違いない。
 現代では案外こういったネガティブな視点から小説を書こうとする書き手は少ないので、かえって期待してしまいます。

 最後に、ふたりだけでも同人誌が発行できることに敬服脱帽、今後を楽しみにしています。

                                   (文芸誌O・小島)

カテゴリー:照葉樹

大層ひさしぶりに、読了に漕ぎつけた小説が、「銀座線」15号の大トリをつとめている石原惠子さんの「秋の陽は林檎のかおり」だ。
しかし、なにぶんにも読了がひさしぶりなら、読書の記事も書いていなかったので、さっぱりその書き方を見失っている。はたして、読書の記事と言えるような記事が書けるのか、はなはだ不安であり、そんなときにネタにされてしまった石原さんもいい迷惑だろう。あらかじめ陳謝しておこう。ごめんなさい。

さて、この小説を簡単に要約してしてしまうなら、修(しゅう)と暮らす「わたし」が28年も昔に同棲していた哲(さとる)との生活をたびたび夢に見るようになり、やがてその夢が、現実と地続きになる物語だ。

このとき、「わたし」は修に逐一その夢を語るが、修はそれをただ夢のこととして、なんということもなく聞き流し、気にとめるでもない。かといって、修が「わたし」にたいする愛情が希薄になっているというわけではなく、「わたし」も気恥ずかしくなるような科白を平然と、そして何度となく口にしている。
そして、ついには、修は夢と地続きの場所、かつて「わたし」が哲と暮らしていた、そして、そこに今も昔のままに暮らしている哲が長編小説ばかりを読んでいるアパートへ、同道すらするのだ。

そう、哲は長編小説ばかりを好んで読んでいる。夢のなかの今、すなわち語られつつある場では、プルーストに続いて「竜馬がゆく」、さらには「宮本武蔵」(吉川英治? 司馬遼太郎? 長編というなら吉川英治だね)を読んでいる。かたや「わたし」は長編小説を苦手とし、短篇小説ばかりを読んでいるというが、例えば、今なにを読んでいるかといってそれは語られない。それは、かつて小説家を志し、げんに書いてもいた「わたし」ではあっても、今では短篇小説すら読まないようでもある。だが、そうした小説の趣味を異にしながらも、ふたりは、宮沢賢治という共に好きな作家があり、なかでも「注文の多い料理店」が、ふたりの出会いを演出もしていれば、ふたりの絆のようにも、作中の科白「早くタンタアーンとやりたいものだなあ。」という科白がくり返される。

だが、その背景には、「わたし」が、リストラのあげくについたフリーライターの仕事もままならず、就職活動をはじめてみるが、やはり思うようにならないといった生活もある。こうした点の書きぶりは、なんとも上手いというか、自然な語りぶりだ。修に暇だからそんな夢を見るのだろうといわれて、就職活動をはじめることと、面接の場、そうした出来事の連続性がごく自然に語られていく。そして、出来事の連続性のなかにあればこそ、「わたし」が夢のなかに入り込むこともまた、自然な出来事足りうるのだ。

面接に失敗し、ふと思い立ってその足で新宿駅から私鉄に乗ると、哲と暮らしたアパートを訪ねるのだが、その道々の変化と変わらなさを、コロッケ屋やラーメン屋のなかに見い出していく。

 アパートは昔のままだった......というより夢に現れたもの、そのままだった。一階と二階にそれぞれ四部屋のドアが並んでいる。わたしと哲が暮らしていたのは一階の左隅の部屋だ。表札は出ていないが、人が暮らしている気配が感じられる。  当たり前の話だが、別の人間がちゃんと生活しているのだ。なんだかほっとした。やっぱり夢は夢でしかない。  「あらあ、奥さん」  踵を返したわたしは、不意に背後から呼び止められた。聞き覚えのある声だった。  振り返ると、アパートの階段の上で女が手招きしている。いまどき、カーラーを巻いた髪にネットを被せていた。  「しばらく見なかったけど、どうしてたのよ」  管理人のおばさんだった。このあいだの夢の通りだった。

「アパートは昔のままだった......というより夢に現れたもの、そのままだった」というなら、夢がかならずしも昔ではないということだろう。往々にして、人間の記憶は間違いをおかす。かつて「わたし」たちが住んでいたとき、すでに築十年のアパートだったなら、すでに古びていたけれど、そのままの姿なのか、それからさらに28年を経過した姿なのか、それはわからない。管理人の佐藤さんも、「いまどき、カーラーを巻いた髪にネットを被せていた」としても、28年の年月を経た姿なのか、それとも、昔のままなのか、ここでは語られない。それはあくまで夢のなかに出てきた佐藤さんの姿なのだ。
すなわち、時間を超えているのではなく、現実と地続きの夢なのだ。境界線のない地続きの場所だ。
だが、まったくおなじというわけではない。

 このあいだの夢とほぼ同じ光景だった。違うのは、中身の詰まった本棚だけだ。

だとすれば、「このあいだの夢」はやはり「わたし」の記憶に依存していたようでもある。そうなれば、「わたし」はその現実に、不審をいだくことになる。

 「ところで、これは夢ですよね」  思い切って、佐藤さんに訊いてみた。

それなら、「わたし」にとって、やはりこの出来事は謎になるしかない。そして、その謎の在りようが、まさにこの小説の要だったと思える。

 「よくさあ、人生をやり直せるとしたら何歳に戻りたいかって訊かれることあるだろ?」  「うん」  わたしはビールをひとくち啜り、修の目を見つめた。  「修はいくつ?」  「ぼくは戻りたい時代なんてないよ。今がいちばんいい」  「ふーん。で、どういうことなの?」  もう一度ビールを呷る。  「つまりさ、自分が戻りたい年齢っていうのは、自分がいちばん楽しかったとき、充実していたときのことなんだって。だから、そこからやり直したいってことさ」  「じゃあ修は、今がいちばん楽しいから人生をやり直さないでいいってこと?」  「そういうことになるかな」  相変わらず、気障なことをさらっと言ってくれる男だ。  その伝でいえば、二十歳のころの夢に振り回されているわたしは、あのころに戻りたいと思っているのだろうか。

なぜ、「わたし」が夢に振り回されるのか、それが問題化するのだ。だが、上の説明は、「わたし」を納得させない。

 「ねえ、どうしてわたし、今になって哲に振り回されているんだろう」  「彼に対して、何か後ろめたいことがあるんだよ、きっと」

そうして、「わたし」は哲にたいする後ろめたさを見い出してしまう。見い出すことで、物語は、綺麗におさまる。すなわちここでは、謎がずらされているのだ。「振り回されている」という言葉に置き換えられているで、なぜ夢と現実が地続きであるのか、という問いは問われることがない。それだけではない。修はいうのだ。

 「哲くん、瑠璃子が戻ってくるの、ずっと待ってるんじゃないのかな」

と。
それなら、それが地続きの原因だろうか? そうではない。
じつはこの小説において、もっとも面妖な人物とは、哲でも「わたし(瑠璃子)」でもなく、じつは修にほかならない。最後に彼がいう「奇跡の林檎」は、私にはわからないが、それ以上に最後の一文は、奇怪だ。

後ろめたさや、哲は待っているのだといった科白が、物語を綺麗におさめながら、じつはそうした謎解きの身振りに隠れて、なにごとかが起きている小説だ。物語を綺麗におさめることで、私たち読者はきっと騙されているに違いない。石原さん、なかなか人が悪い作者だ。

                      Lydwine.さんの読書雑記より転載

カテゴリー:銀座線

 一昨日、文芸誌「O(オー)」の第45号、終刊号が送られてきた。昭和62年(1987年)11月に創刊し、以後、年2号の発行を続け、この号45号で終刊とするとのこと。23年間続いたという。今までと同じ、前例踏襲を続けることが、一番楽である。終刊に賛意を表した同人の皆さんに感動する。また、昨年の暮れ、飯田方面で「橋」を出している、橋同人会が、信州文芸誌協会からの退会を決めたことにも、感慨深いものがある。立ち止まって、考えることは、いつも必要な行為だと思う。
 長野ペンクラブ「層」の同人だった立岡章平さんは、「層」を退会し、評論誌「溯行」を1970年(昭和45年) 創刊した。そして、「駱駝」ほか、県外の同人誌とも交流を深めた。経緯は知らないが「思想の科学」の長野支部的役割も果たした。
 文学を巡る環境は今、大きく変容して行く。文学の環境問題を考えることは、今、大きな意味があると思う。
 「O」45号では、巻頭の小説、内村 和『いつの日にか』に惹かれた。
主人公、村越章は26歳。「家族といえるかどうか、ともかく一応、たった一人きりのお袋と、どでかいボロ家に住んでいる。」主人公は、母親が41歳の時にに生まれたが、なぜか父親が誰か分からない。母親は、食べるだけの小さな田圃で稲を作り、男衆の出る道普請も川掃除にも出て働いた。
 村越章は実業高校の工業科をでて、地元の中年の者5人ほどの板金の仕事している有限会社に就職する。ある日、母親が、会社に「---電気が止められそうで」ということで、給料の前借に来る。社長は3万円ほど貸してくれる。
その夜、章は「東京へ行って一旗揚げる」ことを決意する。その翌日、母は、「がけ下の水路で流され」死んでしまう。社長の紹介で東京へ行き、地元出身の社長の会社に就職するが、やがて社長は、末期の肺ガンで余命半年と言うことが分かる。章は、地元に帰るが、家は母の10歳ほど上の兄が相続することになっており、兄と一緒だった女に相続を仕切られ、土地代の四分の一の金と田圃を相続し、築120年の家は、更地にされてしまう。
 章は、村に帰って、「うまい俺のラーメンを考案するのも面白い。」などと希望を発見し、亡き母親に目標が見つかったことを報告する。
 内村 和さんの作品を読むのは初めてだった。手許には、まだ数冊の「O」がある。おいおい読んでいきたいと思っている。

                      転載。原文は金児至誠堂より

カテゴリー:文芸誌O

 「屋上」に仁木氏は3編の作品を同時に載せている。1作目「亮ちゃん」については以前このブログに書いた。ホームレスの中に、昔の親友に似た人物を見つけ、その親友との交友の経緯を書いたしみじみとした作品だった。
 二編目の「老木」は、古城に沿う国道の中央分離帯に取り残された欅の老木に宿る木の精と、そのその北東2百メートルばかり離れた古井戸に住む水の精との対話によって構成されている。その対話を仲立ちするのは、老木と古井戸を行き来する鳥たちだ。古木は六百年も生きている。従って、話題は六百年に及ぶ。
 話は、まず武田信玄が子の地に来た頃から始まる。その頃信玄びは勢いがあり三方が原の戦い(元亀3案年・1572年)では家康は武田の騎馬武者に蹴散らかされた。信玄の時代から百年ばかりくだり、義民中萱加助らによる、貞享義民による百姓一揆の話題になる。地獄絵、阿鼻叫喚の世界が繰り広げられる。加助から2百年隔てて、俄かに賑やかであわただしい時代がやってくる。明治中期、ベルリンからウラジオストックまで1年4ヶ月かけて単騎シベリヤ横断した、軍人、福島安正の話。渡辺春子、後に鳩山春子となり、夫を衆議院議長、息子を首相にまで引き上げ、自らは女子大の創設にかかわる。沢柳政太郎は、、文部次官のあと、京大総長を勤め、大正自由主義教育の中心的役割を担う。社会運動家、作家、弁護士だった木下尚江は、足利鉱毒問題、廃娼問題、普選運動に関わり、天皇制を批判し、日露問題では非戦論を唱えた。
 水の精は木の精に意見を求める。
 「信玄、加助、それにご一新のあとの安正、春子、政太郎、尚江。御神木にその名と大願を刻み込んだ彼らには、きっと何か共通するものがあったように思うんです。----」
 そしてそれはもしかすると、〈愛〉という言葉ではなかったでしょうか。水の精がそう言おうとしたとき、欅の精は遮った。曾孫、鳩山由紀夫現総理が<友愛>を唱える前にこの作品は書かれている。
 「---信玄、加助、御一新の後の者たち、彼らによって継承されてきた何かがあって、それを最後に実現する人物が現れるというようなドラマチックなことはないのです。---」現実を言い当てている言葉に思える。
 最後に、欅の精は水の精に、加助騒動の顛末をこれからも伝えていって欲しいと頼む。
 その夜、古城の庭園では夜桜会が開かれる。そのとき水の精に30年後あたりに、フォッサマグナが活動を開始し
震度8以上の地震が来るという情報がもたらされる。
 欅の精は、また人災、天災の違いはあるが、あの地獄絵、阿鼻叫喚を目にすることを思うが、今夜は、人間の桜樹を愛でる宴に耳を澄ます事にする。
 この作品は、600年と言う時間の流れをたどる一つの松本城物語だと思う。

                           転載。原文は金児至誠堂より

カテゴリー:屋上

2010年2月16日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「コマチ」(第7回・最終回)浜田雄治】
 75枚。病んだ現代日本の文明批評としての長編小説。若い世代ではSF的なライトノベルで、想像上の未来を描くのが多い。それに対し、本作品は原始的共同体社会の潜入を描く。人間の過去社会への郷愁の味がする。

【「湯煙が消えた街」筑紫亮】
67枚。一時は栄えた温泉町から温泉が枯渇してしまい、その町の住宅団地の管理組合の不正経理をからめて、話が進む。登場人物など細部は面白いものがあるが、話は割れてしまった。全体の構想と物語の割り振りにムラがあるようだ。
 その他、石原テイ子「白いしゃがの花」7枚。矢田山聖子「おんな万時塞翁が馬」(5章)」42枚。随筆、萩照子「古都・許容」、吉岡和夫「シャーマン」を掲載。
 発行所=東京都多摩市永山5丁目4?9、大類方、視点社。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:視点

2010年2月11日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

本誌は20数年の歴史があるという。1年半ぶりの発行らしい。
【「恵林寺まで」今野一成】
 住民の老齢化の進む団地センターが舞台。主人公は58歳だが、3年前に妻を亡くして独り暮らし。妻の生命保険が入ったので、早めに退職し、その後は年金の支給をまとうというつもりなのだ。こういうひねった設定で、主人公の人間的な癖を浮き彫りにする。読みはじまれば、この作者が小説を作るのが巧い人だとわかる。彼は、住民の中で、気の合う友達が一人いたが、その友人が亡くなって孤独にならう。自殺したという噂も出る。主人公は、団地内の老齢化した人々とのサークルに、気の進まないままに、巻き込まれていく。皮肉のきいた視点で、主人公の見聞でうわさと実際とのギャップが埋められるようでいて、なかなか真実は煙のなかのようで見えないという話の運びが巧い。登場人物の出現の仕方や性格付けに、効果を心得た設定がなされて、同種の同人誌小説とは比較にならない手腕が感じられ、面白かった。

【「森永・江崎の便利屋事件簿―不思議な事件の巻」木野晴海】
 タイトルの通り便利屋商売をしている3人が、頼まれた仕事のなかで怪しい事件のにおいを嗅ぎつけ、それに巻き込まれるというか、入り込むというか、ミステリーのシリーズ物のスタイルである。明るい主人公たちの調子の良い活躍ぶりで、楽しく読ませる。中味はきちんと書かれていて、おとぎ話的な世界を展開するのは良いのだが、?不思議な事件の巻―とするセンスがひっかかる。この題材であったらせめて「○×邸の謎」くらいのところにしないと、結構良くかけていても、このセンスだと、この作品はまぐれで出来が良いだけではないのか?と疑問を持ってしまうのでは。タイトルを見て脇に置いてしまうほどのものに思えるが、そこが同人誌の良さであろう。
発行所=〒202?0013西東京市中町2?7?8、竹内方。カオスの会。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:カオス

「クレーン」31号(前橋市)

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【「こんな私です」わだしんいちろう】
表題は癌、肺炎、心筋梗塞に加えて精神t科の治療も受けている妻が、主人公である夫に告げたひと言。冒頭の妻の描写に引き込まれたし、女医との遣り取りも実感がある。病院を出た主人公は付き合っている女性のマンションへ。それからインタビュー相手の男のマンションへ。仕事を思えて自宅に帰り高校生の息子と食事という1日が語られている。それぞれの場面は興味深く描写も説得力あるのだが、各おの独立した短編を読んでいるようだった。通奏低音のようなつながったイメージを感じ取ることができなかった。当方が理解できないだけで、作者はこの「つながらなさ」を描きたかったのだろうか。

カテゴリー:クレーン

 日本の古典に疎い私は、まずタイトルの「ツクヨミ」の意味が分からなかった。ネットで調べたら「月の神」のようである。
 ミホは父母と3人暮らし。母は保育士として定年まで務めあげ、今はパートで保育所に通っている。父は定年後も嘱託として同じ職場に通っている。
 ある日、ミホは職場で38度8分の熱を出し、早退する。
 母は若い頃、流産を繰り返し、あきらめかけた頃、ミホを宿したのだという。小学校の高学年頃まで、母は毎晩ベッドの中で本を読んでくれた。一番好きだったのが、日本神話シリーズの中にあった月の神様のはなしだった。最初のページの挿絵の白い着物の女性に惹かれる。母に聞くと巫女さんとのこと。その後、ミホは巫女さんの夢をみる。
 「この夢は、その後もくっきりと私の中に残っていた。わたしは繰り返しその光を思い、声を思い、その温かみをなぞった。身体の、真ん中を走る一筋の光は、やがて私の中で白い道となった。」
 ミホは、数々の夢を見る。
 「わたしは母に助けられたのだ。
 素直に思う時、母の中にも神様の宿る場所があるのだと、感じることができる。どこかとても深い所で、母は私の危機を感じ取ってくれたのだ。あの黒いひとがたが母だったように、白装束の巫女さんもまた母だったかもしれないと、そんなふうにも思えてきたりする。」
 私も、ここのところ、毎晩、不思議な夢を見ている。目覚めてしまえば、再現できない夢が多いが、ここのところ「O(オー)」の渡辺たづ子さんの「夢の世界」に興味を持っている。

                            原文は金児至誠堂

カテゴリー:文芸誌O

 「O(オー)」43号の渡辺たづ子の作品『水の井戸』を読み、他にはどんな作品を書いているのか、バックナンバーに当たってみた。
 第40号には『光の衣に包まれて』、第42号には『ピエタ』があった。
 『光の衣に包まれて』は親子の問題を、フリースクールの岸田先生を軸に展開して行く。
 『ピエタ』は母とフリーターの息子の問題がテーマ。思い立ってサンピエトロ寺院のミケランジェロのピエタを身に行 く。途上で、偶然、同年の友人の娘と同じ飛行機に乗り合わせ、様々な会話の中に、親と子の問題が浮かびあがってくる。
 2作とも、私の現実で直面している現実と近接しているので、詳しいことは書けない、2作とも深く感銘を受けた作品だった。
 「やり直せない過去を悔やむのではなく、その思いを、この先どんな形にして補ってIいくかが大切なのだ。」
 『ピエタ』の中のこの言葉が、私にとってもこれからの指針になると思う。 


                         転載・原文は金児至誠堂

カテゴリー:文芸誌O

 文芸誌「O(オー)」43号に掲載されている小説3編を読んだ。一時に3作も読むと、ここのところ、記憶力が薄れてきているので、それぞれの感想はかけないが、3作とも引き込まれ一気に読んだ。

 佐武 寛『父の越えて来た歳月』。
 サブタイトルは英文で UNCONDITIONAL SURRENDER OF JAPANN ---とある。「日本の無条件降伏」という意味だろうか。
 真理は料亭の女将で二人の女の子の母親。父から送られてくる詩、手紙を介して、作者の戦争体験、歴史観、世界観が展開される。読み応えのある作品である。

 内村 和『りんごの花咲く頃
 主人公、内藤 司は今、肝硬変を患っている。親戚縁者との付き合いも、親の介護もすべて妹に任せてきたのだが、司にしてみれば、常に体を張って懸命に生きてきたという思いはある。
 今の住居を引き払い、父の建てた今では、廃屋状態の故郷の家に帰ることにする。7年一緒に暮らし、家を出て行った妻のこと、など今までの経緯が語られる。故郷の家には今では珍しくなったリンゴ国光が植わっている。7年同居した女性真理子は、既になくなっていたが、父は折りにふれリンゴを送り続けていた。真理子はタイ生まれの孤児を幼女にして育てたいた。司は、真理子に侘びる気持で、一人ぼっちの幼女「比呂」に財産分与を決意する。それが司の締め括りの、三尺玉には及びもつかないが、花火だった。

 渡辺たづ子『水の井戸
 祖母の一日は神ごとに始まって、神ごとで終わる。私の祖母はシャーマンである。
父は母親である祖母を避けていた。それは祖母が神ごとをする人だからだ。祖母が神ごとをするようになったのは、
四十代の半ば頃からという。祖母とともに過した人間ドラマ興味深く読んだ。
 ここまで来て、小説の感想を書くことの危険さを感じている。書いた私の文章の中に本人の軌跡もいやおうなく入り込んでしまうことである。

                        転載・原文は金児至誠堂

カテゴリー:文芸誌O

 「層」新年会から持ち帰った同人誌は、読んでしまったので、締め括りは、私の所属する同人誌「層」と言うことになった。ここのところ、若手がなぜか退会したり、多難な長野ペンクラブである。
 まず、規約から。「第一条 この会は月例研究会と、機関紙「層」をもち、文学の切磋琢磨を目的とする。」とある。
まず、月例研究会は人集まりが悪く、まず隔月になり、会場「勤労者福祉センター」が取り壊されたという外部的要因により、「層」発行時の集りになった。それと「文学の切磋琢磨」は私は違和感を感じる。表現としての言語は「表現される以前には存在しない」のだから、各自、自由に書けばいいのだ。以前は如何にしたら「賞」が取れるかと言う「予備校」的要素もあったようだが、もはや皆、そんな年ではないだろう。
 「層」111号を見ると、諸氏はそうした呪縛から解放され自由に書いているようだ。
 村上青二郎『売る人買う人』 村上さんは文学の勉強の一区切りとして短編小説集「金沢夜景」を出版した。そして、この本を売る話である。書き出しは映画「男はつらいよ」から。「あの寅さんというのは、どうしてあんなに自分の仕事を卑下するのか、---」という奥さんの言葉から始まる。寅さんの売り方は例の「啖呵売(たんかばい)」から始まる。「見上げてご覧よ屋根屋のフンドシ---云々」。広告でいえば、「コンセプト」「ターゲット」「ポジショニング」を明確にして、「キャッチコピー」を考え「ボディーコピー」を作り広告・宣伝し、買い手をその気にさせるのが基本。
 収載作品「浅野川」「箸の先」「金沢夜景」「朝顔」「心あり」「鉄路の果て」から訴求点を抽出しコピーを仕上げて行く。男と女、家族、友情、自死、労働組合、リストラ、---等現代の問題がすべて含まれている。今日、6作品を通して読んで、この本は多くの人に読んでもらいたいと私は思った。
 宮澤 尚子『秋は来にけり』 様々な本を読み、勉強しすぎ。もっと力を抜いて、秋に自分の周りで起こったことなどを気楽に書けばいい読み物になる。「切磋琢磨」はもういらない。
 ちり あくた『eve(前夜)』 日本経済の大破綻。これは、近い将来ではなく、わが家では既にリストラの風に吹かれてその只中にある。概して、この文章も力み過ぎで、自慢が多い。もっとソフトタッチでユーモラスに書けば「信州の東京」の編集者も喜ぶだろう。
 尾沼志づゑ 短歌『朝の卵』 
  朝は朝な卵を割りて幾十年というはわれの朝なり
  萩の駅なる冠着よ花絶えにして霧雨の降る
   情景が目に浮かぶ
 きたの はじめ、島田亜紀の作品も「童話的要素」があり、「切磋琢磨」からは逃れられたと思う。
  小田切芳郎『雪崩の谷』第10回 この連載を楽しみにしている人が多い。「楽しくなければ文学ではない」!

                        転載・原文は金児至誠堂

カテゴリー:

 「構想」には4編の小説と、評論が2編収載されている。小説は、まず陽羅義光(ひら・よしみつ)の『雁木坂』。過酷な人生を描いた、重厚な作品。私はこの陽羅義光という作家を知らなかった。ネットでプロフィールを見る。昭和21年生まれで『太宰治新論』、『道元の風』、『吉永小百合論』等を書いている。実母が入水自殺。そのショックもあり、長期間精神不安定状態が続く、ともある。
 『雁木坂』は陽羅義光氏の人生を集約、或いは要約しているようにも読める。
 「還暦を過ぎて、久しぶりにわたしは雁木坂に来た。上から見下ろす雁木坂は、黄昏どきだったせいか、なんとも冴えない殺伐とした坂であった。」「-----蕎麦屋の壁の鏡に、己の老いむくんだ顔が見える。友曰く、哀愁と孤独を湛えた、四十代の頃の表情はどこにもない。それでなにも問題はない。感傷も寂寥も何処かに置き忘れた、冴えない殺伐とした顔で、あれから二十年間を生き抜いてきたのだから。」身につまされる思いがする。
 藤田愛子『妄想同盟』 前作『披露山中毒』と同じ、披露山の別荘地が舞台。主人公の女性と二人の男性に、まつわる妄想の物語。【性に関したことわざで、よく「女は灰になるまで」とか言います。それは男の同じであって、性行為そのものがどうだということではなくて、老人の新密度も男女の性的な関係がある。老人たちがグループをつくって、楽しいとか気分が晴れたとかいう第一の要因は、男女のそれじゃないでしょうか。---】吉本隆明『老いの流儀』から---妄想の連鎖は泊まらない。
 崎村 裕『ゴロちゃん』 高等学校の同級生の訃報を聞き、少年時代から続くゴロちゃん、倉根吾郎との思い出を再現して行く。主人公にとって、二人は掛け替えのない友だったのだ。私にとっての「掛け替えのない友」の二十年以上前に他界してしまった。取り返しのつかない運命である。
 ゴロちゃんは、奥さんに、よっちゃんに返して欲しいとビロードの小箱を託す。それは、よっちゃんにもらって大事にしていた小さな虫が閉じ込められた琥珀だった。出来すぎた結末とは思うが、羨ましい結末である。
 島田喜美子『石の門のある家』 家族代々の歴史を記そうとする大河小説で連載である。いずれ、読んで見たいと思うが、今回は間に合わない。評論2編も後ほどという事にしよう。

                         転載・原文は金児至誠堂

カテゴリー:構想

 同人誌「蠍」49号に芦川次郎さんが【「蠍文学」誕生までの経緯(その1)】を書いている。
創刊号は昭和27年(1952年)とある。今年で58年目と言うことになる。驚くことは、創刊号の編集人が芦川次郎氏だということ。誌名は最初「かんぼく」で「信濃文学」から「濁流」になり、そして「蠍」になる。一方「信濃文学」は分裂し一方が「蠍」になり、もう一方が「五季」になったとのことである。
 それにしても、同一人物が創刊号から58年、後2年で還暦になるまで継続しているのは壮観である。
今度の号は原田勝史氏、森 亜人氏、太田 伝氏、青木 創氏、それぞれが小説の秀作を発表している。小説好きの長い年月を共にしてきた仲間の人たちには、ある種の羨望を感じる。
 私が同人雑誌に初めて雑文を書いたのは昭和39年(1964年)、昨年末亡くなった岩崎重夫氏主宰の「三文評論」だった。五里霧中、無我夢中で書いたので、自分のことで精一杯で、一応、編集委員にはなっていたけれども、本人の書いたものしか読むゆとりが無かった。それでも46年の時間が経過している。
 今、少しずつバックナンバーをながめているが、執筆者・同人の熱心さと水準の高さに驚いている。当時、私は「アンドレ・マルロー」についての断片を書いていたが、当時、執筆者の中に、マルロー・ファンが多かったことに気がつかなかった。馬車馬のように書き続けた事が恥ずかしいが、いまさらどうにもならない。「書けない、書けない」といいながら書いていた私の文章に「書けなかったら、書かなければいいのです。」と忠告を寄せた人がいた。あとで気がついたが、その人はプルーストの翻訳家の某氏だった。
 それにつけても「蠍」の芦川次郎氏のように、明確な意識の中で同人誌を続けてきた人が羨ましい。


                        転載・原文は金児至誠堂

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 2009年11月発行の同人誌「科野作家」(23号)には10編の作品が載っている。1作品、小沢正男の評論【或る一つの「行人」試論】を除いて、私は漱石が苦手で「行人」は読んでないので、ほかの9作品は、それぞれ印象深く読んだ。
 由比圭司『鏡の中の風景』。昨年は「1968年」の本がなぜか多数出た『村上春樹と小坂修平の1968年』、鹿島茂の『吉本隆明1968」、小熊英二『1968』上・下巻。由比圭司の作品の中にも東大安田講堂の攻防戦で最後まで安田砦に立てこもった今井 澄の物語りも織り込まれている。私はいま、昨年末亡くなった同人誌「三文評論」を主宰した岩崎重夫さんの思い出を1960年がらみで調べているが、そんな心境で読んだので、『鏡の中の世界』は印象深く読んだ。
 島田震作『水面(みなも)まで』も心に沁みる作品だった。〈科学忍者隊ガッチャマン〉遊びを仲間としているうちに、池に嵌って水死してしまう友達の妹の30数年前の出来事の忘れられない記憶。『水面まで』の感想は、時間をかけて考えてみたい。
 島田悦子の『献体の遺骨帰る』。末尾にある解剖した学生の感想文『いよいよご遺体と別れる最後の授業の折、銘銘が世話になったご遺体に花束を供えた。僕はそのなかに三本の煙草を入れておいた。肺が真っ黒で煙草が大好きそうだったから------』 肺の黒さも生きた証なのだ。
 一瀬 琢『白金台に雲流れ』 登場拒否児童が、幾多の困難を乗り越えて明治学園大学を卒業するまでの感動のドラマ。
 小畠喜代子『記憶の足跡』 臨床美術士(ボランティア)という聞きなれない仕事について掻いている。「薄れゆく記憶」の中にいる私にとっても、身につまされる作品である。
 澤 草子『小春日和』 「薄れゆく記憶」と家族。亡くなった我がははのことを思い出しながら読んだ。
 気賀沢清司『アイーダ』 デリヘルの世界で働き生きている、女と男たちの生き様を、身近な世界として描いている。

                  転載・原文は金児至誠堂

カテゴリー:科野作家

 長野県内の同人誌十誌が集って、「信州文芸誌協会」という会を組織している。私は「層」という同人誌を出している長野ペンクラブに所属している。
 先日、同人誌「層」の総会・新年会があり、そこで各同人誌の間で交換している雑誌の内、何冊かを入手してきた。
 まず、そのうちの一冊、飯田方面で出ている「橋」61号から読み始めた。この号は2008年に亡くなった「串原義直追悼号」として2009年10月に発行された。
 詩、川柳、短歌、エッセイ、創作とそれぞれ力作、佳作が揃っている。そして、一般には手に入らない作品を読むことが出来るという楽しみがある。
 特に印象に残った米山恵美子さんの作品に触れておく。

 【短歌】夫と真迎う 19首のうちから 
 海馬痩せアルツハイマーと告げられし夫の胸中如何ばかりなる
 薄れゆく記憶を留めおかむとし語学講座を夫の聴きゑる
 紙の類そこここにある夫の部屋を覗くだけにて立ち入り不能
 文殊菩薩の静かな思惟の表情を見つむれば無の先の明るさ
 四十年の夫婦の絆消しがたくひと日の無事をただ願うのみ
 
 【エッセイ】一脚の椅子
 交通事故で片足を切断してしまった友人との交流を淡々と書いている。末尾の追悼歌を掲出しておく。6首のうち  から。
 交通禍に切断せし友の脚納まりたりし白き骨壷
 「死にたいと思ったこともあったの」と淡々という笑みさへ浮かべ
 樹の下の一脚の椅子ぽつねんと西日を返す座る人なく

 【創作】甘夏柑
 結びの部分を引用しておく。石野から送られてきた甘夏を夫は食べようとしない。
 「日常の生活の中で、ちょっとした諍いがあると、今でも石野のことを思い出す和子であった。思い出して行動にう つすというわけでわはないが、懐かしさを胸にして眠り、夢の中で彼と会うのが唯一の楽しみなのである。プラトニ ックな愛として育てたものは、いつまでも鮮烈な思い出として残るものらしい。
 棚の甘夏柑が一段と輝きを増して見える。」

                     転載・原文は金児至誠堂

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 岡谷市で発行されている同人誌「風 詩と散文」平成21年11月発行を読んだ。「詩と散文」というサブタイトルgは付いているだけあって、すべて素直な文章で、長編は無く、短い文章が多かったので読みやすかった。
 宮坂幸雄 小説『憧憬(しょうけい)』
 それが人生の宝物になったという、高校時代の弁論部の思い出がいきいきと書かれていた。
 山岡清武『退院まで』
 病気知らずに生きてきた作者の、初めての入院体験。初めての体験には発見がある。病院の様子、妻とのやり取りが目に浮かぶようである。
 宮澤 薫『弟』
 2年前、「大動脈乖離」という病気で夫を亡くした。弟も夫と同じ病気に襲われ、6時間の手術で、一命を取り留める。取り巻く家族のエピソードを織り込みながら、俳句と散文で、人生の一断面を書いている。
 掛川千恵子 小説『昔日の別れ』
 小学校卒業後、半世紀になつ時点で、同級生達のその後、近況などを綴っている。同級生達の身の上に起こった様々な事件、これだけ多くの同級生との係わりがあるのは、私にとっては、羨ましい。
 阿部良行『節っちゃ』
 母親は、作者が生まれて19ヶ月の時亡くなっ。父親は病気価値だった。姉、説子に出会いのばを設定してもらい作者は結婚する。義兄に就職の世話をしたもらう。しかし、その義兄も58歳で無くなる。その上、説子もアルコールとは縁の無かったが、肝臓の病気で他界する。姉、節子は作者を背負い続けての一生だった、が結び。このような人生もあるのだ。
 渕井恵子 小説『幸せの行方』
 金婚の年を迎えた直子は、後期高齢者という名前の枠に入れられる。俊夫となお子は金婚の記念の旅行に踏み切る。俊夫は出好きな性格で、声がかかるといそいそと出かけていったが、79歳になった今も、妻に呼びかけて旅行することは殆んど無かった。なお子も夫退職後の10年余を母の介護に明け暮れた。
 旅行先は、愛知県の蒲郡市の海辺に或る公共の宿だった。寂れた宿と、粗末な料理、温泉ではなく沸かし湯だった、情景が目に浮かぶようである。身につまされる人生の断面を見る。
                                   
                  転載・原文は金児至誠堂

カテゴリー:風(岡谷市)

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