2010年1月アーカイブ

【「秋の陽は林檎のかおり」石原惠子】
瑠璃子は修(しゅう)とふたり暮らし。修には前妻との間にもうすぐ18歳になる子どもがいる。瑠璃子の夢に学生時代つき合っていた哲(さとる)が現れるようになる。夢の舞台は当時いっしょに暮らしていたアパートで、だんだんと夢と現実の境が曖昧になる。夢の内容を修に話す様も、嫌がるふうでもなく聞いている修も、不自然さはなく穏やかな時間が流れている。その場の空気を描き出す、細部まで行き届いた表現も好ましい。瑠璃子の中に流れている、ふたりの男の気配が濃厚に感じられる。心地よくって、ちょっと怖い作品でした。

【「流れる川」河井友大】
近未来なのだろうか。環境汚染が進んだスラムのような町が舞台。人びとの生活は汚れた川の水で成り立っている。屋台で出す料理は川の水の油臭さを消すために濃い味付けになり、どんどんエスカレートしてゆく。健康被害も出ているが、人びとは川から離れられない。気づかないうちに引き返せない地点までエスカレートした生活や水を懐かしむ気持ちなど、こちらの無意識の奥を揺さぶられたような感じがした。希望のない世界だけど、読後感がいい。イミカとK君も内面を説明的に書き連ねるのではなく、描写でくっきりと描き出している。

カテゴリー:銀座線

「前夜?北京・二〇〇七年 晩秋?」
主人公、藍子は北京在住の礼子を訪ね、河南省の開封へも足をのばして以前つき合っていた男性と再会する。別れた事情など、藍子のこれまでの生活が巧みに盛り込まれている。観光客では知り得ない北京での生活や地方都市の様子が細かく描写されていて、興味深く読んだ。しかし、あまりにスムーズで、登場人物も良い人ばかり。オリンピックの準備が急ピッチで進む北京も、急激な経済成長の中にある地方都市も報告的に描かれている。未知の物や事態に遭遇した時の違和や嫌悪がもっと書き込まれていたら、作品の印象が更に鮮明になったのではないだろうか。人間だもの、棘もあっていいと思う。

カテゴリー:小説π

2010年1月19日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌はエネルギッシュな書き手の集まりで、ショートショートあり、ユーモアコントあり、評論ありで、総合文芸的な面白さを持っている。
【「四人目の男」濱村博三】
 ミステリー小説。ある婦人を仕事関係で訪ねてくる若者が相次いで、婦人の住む階から転落死する。警察では、事故死扱いをするが、刑事のひとりが、彼女に疑いをもち聞き込みをする。マンションの5階でエレベーターがないという話は、今風ではないが、オチもあって面白い。
【「裁きへの系譜」水郷流】
 少女殺害事件で、DNA鑑定の誤りや検察の人権無視の取調べで、容疑者はむりやり自白され、死刑判決を受けたが、最終的には最高裁で無罪になった足利事件の概要をたどったようなモデル小説。小説であるので、真犯人への言及などもあってもいいかと思ったが、市民の関心として記録するのは良いかもしれない。
【「まわり道」山中正剛】
 高齢になって病気になると、正しい診断をしてくれる病院になかなか出会うことができない。あちこち病院をまわされて、正しい治療を受けるまでをユーモラスに描く。若い頃から高齢者の病気を知っていても、いざ自分が高齢になって病気になると、高齢にならないと経験しないことなので、未知の分野。まごつくことが多い。共感をもって読んだ。
【「文豪の遺言」(5)木内是壽】
 作家の生涯をたどりながら、死に際の言葉を明らかにする。よく調べたもので、大変面白い。
【「北方水滸伝を読む」福島泰吉】
 中国の水滸伝を原作とする日本の水滸伝物語りを巡る話。これも面白い。
【「不況だ、笑って吹く飛ばせ!」出井勇】
 タイトルの通り、笑い話、駄洒落などを面白く書く。秀逸。才気がある。現役の落語家はこういうネタを提供すると使ってくれることがある。
【「切ったり切られたり」外狩雅巳】
 労働者文学的な、労働体験小説。筆力がある。作者は、「この路地抜けられます」(東京経済社)などの小説は、紀伊国屋書店などで、200部以上売れているそうである。私も読んで見たが、リアルな仕事体験や職場体験は、時代の情報があるので売れることが多い。ドキュメンタリー的な明確な文章がわかりやすく良いのであろう。昔の編集者は、短い文で仕事場の状況を巧く伝えるものや、4人?5人の同時会話、群集描写能力があるかとかで、作家的な手腕を評価したものだ。今でも事情は似たようなものがあるのではないか。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:相模文芸

【「菫」沢辺のら】
とても短い、詩のような文章です。「おんな、という文字すら消えかけてい」る「古ぼけた女の人」のお話です。彼女の過去、現在を一緒に感じているような気がしました。雄弁でなくても、こんなにも伝わるんですね。

カテゴリー:雪渓文學

【「赤い花」山下濶子】
かわいそうだと思って親切にしたら相手の要求が増大し、追い詰められてゆくことがある。そこのところが説得力のある展開で語られている。「そうだ、そうだ」と肯きながら読み進んだ。サスペンスタッチで飽きさせない。

カテゴリー:九州文学

「仙台文学」75号(仙台市)

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2010年1月7日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌のコラムに、発行元「仙台文学の会」が、昨年10月にウェブ誌「破滅派」の基幹編集委員・高橋文樹氏の講演会を実施した記述がある。高橋文樹氏は30歳。学生文学賞や新潮新人賞を受賞している。山形在住の直木賞受賞作家・高橋義夫氏の子息であるという。講演では、本の再販制度の崩壊や、電子書籍の標準化、小出版社の隆盛、単行本・文庫による利益追求の動向が解説されたとある。このブログでも、こうした動向は知ることができるが、ウェブデザイナーでもある同氏の話を直接聴くことは刺激的あったであろうと思う。
 こうした変化の激しい状況のなかで、文芸同人誌は、旧態依然として大正、昭和時代のシステムを維持している。このシステムの固定化というのものが、ひとつの安心感となり、その世代の参加意欲を高めている。同時に、文芸同人誌がケータイ、ネットの情報文化のなかでガラパゴス化している傾向があり、それが関係者に実態以上に衰退感を感じさせているようだ。
 現在のネットサイト利用は、雑誌掲載物をネットに上げる手順が主流だが、これはまだ途中段階である。自分はネットサイトに上げたものから、世間で価値があると見たものを紙印刷本にするという流れが、自然だと感じる。現状は、そのパターンが定着する前の段階だと思う。いずれにしても最終は印刷本の世界にいくと思う。高橋氏の「破滅派」は、ネットサイトから出発し、文学賞受賞者が出たので印刷雑誌「破滅派」になったのであろうと見る。

【「大堤」安久澤 連】
 貞享元年(1684年)の金ヶ崎館の城の近くを流れる宿内川の治水をめぐる歴史小説である。歴史と文学性という高度な結合を実現させた作品で、読み応えのある力作。すばらしい。当時は、人柱という風習がまだ残っていたようで、それを実行するまでの村人の心理やいきさつが、はらはらどきどきさせる運びで、引き込んでいく。とくに、文学的な面でみると、洪水の川と堤の描写の巧さ、またイタコのような「口寄せ」の場面は、情念の意識の流れを見事に表現して、すばらしい完成度を見せている。良い作品である。

【随想「金売吉次のふるさとを訪ねる」石川繁】
 金売吉次といえば、奥州の金を都で売った男で、義経伝説や当時の歴史物語に登場する。しかし、その正体はよくわかっていないようだ。その謎の男について、ここでは相当丁寧に追跡調査している。自分は、この分野はよく知らないのだが、これが吉次調査の最新決定版としてもいいのではないかとおもわれるほど、説得力のある調査をしている。興味深く、ふんふん、そうなのか、と読んだ。やはり、地元の人のじっくりとした姿勢に勝るものはない。歴史小説の作家には、貴重な資料となるのでないか。
発行所=〒981?3102仙台市泉区向陽台4?3?20、牛島方、仙台文学の会。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:仙台文学

「創」第4号(名古屋市)

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2010年1月 4日 (月)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本書のなかに、三田村博史氏のコラムがあって、もともとは教室誌で、原稿用紙5枚までというきまりで始まったそうである。それがいつの間にか、長いものになっていったという。たしかに、ここにあるショート・ショートは、書き出しがピリッとしいてムダがない。

【「謎の空席」長沼宏之】
 ショート・ショート。電車に乗っていると、空席が二つあって、そのうちのひとつに腰掛けたら、自分を変な顔でみられる。隣の空席は埋まらないで、みな避けているようだ。まるで、あの秋葉原の無差別殺人をした若者が、電車内で自分の隣に一度席をとった人が、急に席を変えたことで、心が深く傷ついたような、スリリングな空気を描く。なるほどと、というオチがつく。実に巧い。お見事と拍手の作品。

【「父の背中」岡崎博子】
  ショート・ショート。爪のネイルとガンで亡くなった父との思い出を語る。これはオチがないが、必要を感じさせない。娘の気持と感を素直に表現することで完結させている。

【「インカローズ・プロジェクト」大西真紀】
 年寄りを相手にする詐欺師の男女の仕事場にアルバイトで雇われた若い主婦の話。その割には長くムダ話が多い。現代という時代の特徴表現と作者の感性による夫婦関係の表現とが合成されている。欲張りな作品だが、どっちつかず。
発行所=〒458?0383名古屋市緑区青山2?71、安藤方、「創」編集部
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:

「獣神」第33号(埼玉県)

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2010年1月3日 (日)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 本誌の「後書き」によると編集責任者・伊藤雄一郎氏は、08年8月に第8回シニア文学新人賞を受賞。昨年には同人の野田悦基氏が山手一郎のペンネームで時代小説を書き、第12回伊豆文学賞を受賞。同氏の「幸福の選択」(鳥影社)は全国販売され、松本の書店では平積みされたという。同時に「小説新潮」4月号には短編小説が掲載されたという。文学の世界は、読み手よりも書き手の方が多いというほど競争が激しい。それなのに大変なものである。

【「碧水まさる」野田悦基】
 金田昭平さんという友人が内田百?全集と山頭火全集を置いて行って間もなく亡くなってしまう。彼の死と関係者をめぐる話で、浮世の有情無情を感じさせる。人物の描き方が巧く、エピソードの出し入れの手順がなめらかで、面白く興味深く読んだ。

【「銀次郎の日記―年金生活の開始1年2ヵ月と読書」青江由紀夫】
 ちょうど総選挙で自民党から民主党への政権交代の時期の日記。読書と千葉の海の釣り三昧に政治論、作詞したものなどが披露されている。社会的には、こうしたライフスタイルの記録は貴重である。つい最近、鹿島灘の防波堤で釣り人が波にさらわれる事件があったが、あれが出来たのはかなり昔である。出来たばかりの時から釣り人の間では名所となっていた。住金のコンビナートの話題もあるが、自分は流浪の時代に2年近く、泊り込んだり通ったりした。その時代は見放されていた砂漠地帯の鹿島灘に、完成までに20年を要するコンビナートができるというので、全国の建設業者がクレーンを持ちこんで、アメリカ西部の石油開発の時代のような様相を呈していた。当時は、冬場は、嵐になると雪が吹き荒れた。これを読むとあの激動の時代を思い出す。
 昨年、事業仕分けで、話題になった雇用促進事業団の末裔は、全国各地の閉山した炭鉱労働者をここにも再就職させていた。その頃から、そうした仕事の斡旋は必要がなくて労働力は民間で流動化していた。当時から官僚は仕事がないのに税金で食うことを自民党と組んでやってきていたのだ。青江氏は、社会問題についても書いているが、一般人の意識の代表例として読める。
発行所=〒359?0025埼玉県所沢市安松1107?4、伊藤方。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:獣神

2010年1月2日 (土)付、「文芸同志会通信」より転載いたします。

【「翻訳文化の新時代」尾高修也】
 前回の続きで水村美苗「日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で」における日本の危機感について語っているなかに、村上春樹の話が出てこないのだという。そこから藤井省三「村上春樹のなかの中国」について解説している。中国の中産階級での村上ブームはすごいというのは聞いたことがある。挨拶に「きみは今日、ムラカミしたか」と、彼の小説の主人公の生活スタイルを追いかけるのが流行っているそうだ。そんな彼の文体論がないのが不思議だという。そういわれれば、たしかにそうである。

【「喪失」しみず黎子】
 コケティッシュな女性の勝手な気分を描いたものだが、作者が彼女の喪失感をどうみているのかわからないのでつまらない。女性の心の動き描き出すのが巧い。

【「心を売る」庭さくら】
 女性が、夫をなくしたり、年をとって虚しくなって、パチンコのギャンブルに取り付かれる話。話の段取りが悪く、あれこれとムダ話が多く、読む気分を逸らすが、それでもここぞというところの書き込みが的を得ている。話を盛り上げる作家的な感覚は良く、才能を感じさせる。全体に面白く読ませられた。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:私人

2010年1月1日 (金)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【随想「銀次郎の日記―年金生活1年3ヶ月と友人の死」青江由紀夫】
 この作者は、同じ日記のタイトルで他の同人誌にも発表している。発行回数が少ないので、いろいろの同人誌に書くのであるのか、読者層を広げるのか、意図はわからない。が、読んで書く、出かけるなど定年後の悠々自適の生活で、東京湾で釣をし、読書する。インテリの教授仲間も多いとか、自悠人の生活が書かれている。死の不安なども触れているが、それは自由な老年の悟った末のついでのようなものに読める。わが文芸同志会に入会をすれば、自分の庭を持ち、書いたものの発表ができる。会員の話によると、何を書いてるのかと聞かれ、「詩人回廊に詩を・・・」というと、その場でケータイで開いて「ほんとだ」と読んで見たという。締め切りまで待つ必要もなく、毎週でも書けるのだが、まだその気にはならないようだ。

【「蘇鉄」木村和彦】
 学校の高校と中学の二部の先生なのだろうか。校長をはじめ、聖職であるが、先生も人間でもあることがよく描かれている。

発行所=北九州市小倉南区中貫1?13?18、中本方。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:海峡派

「海」第二期第2号

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2009年12月31日 (木)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 このところ、優先したい用事が重なって、送られてくる同人誌に目をとおしていても、記事にする暇がなかった。たまった同人誌を整理していたら、そこにメモがはいっているのがいくつかあり、以前その古いと思われるものから、記事にしてみた。同人誌「海」はだいぶ前のものと思われる。

【「現代比較助詞考」織坂幸治】
 西洋文化が、「あれか、これか」の2元論で、日本文化が「あれも、これも」の1元論とかを、「モ」と「カ」の問題で考えている。宗教的に一神教が多く、二者択一の選択で分類するのに対し、清岡満之の「二極を消す『二項同体』」の思想を知る。
 たしかに、日本という国は世界的にみて、異色の文化体系をもっているようだ。自分は社会の構造や変化、革命ついての本を読むが、現在の「協同組合」の構想を考えたフランス人のフーリエ(1772?1873)は、未来予測として北極と南極が接近し、地球が温暖化するだろうとか、海水がおいしい水となるであろうとかを予測。さらにフランスから遠い日本について日露戦争(1904?1905)の始まる100年前に、ロシア人が中国への侵入すること、それによって日本人がロシアを侵略し、世界の産業界に侵略するであろう、というような予言をしている。ロシアの革命家トロツキーは、「文学と革命」で、日本を世界の闇の中に存在する国と記すなど、なんとなく気になる国のようだ。

【「帰還」由比和子】
 元日本兵の昌男は、シベリア抑留生活から、ナホトカから引揚船「興安丸」で帰国してきた人物。日本での生活も、その当時のことが寝ていても悪夢として甦ることの不安を描く。

【「参考人浜野シズエの供述書」牧草泉】
 殺人事件について、警察に参考人に呼ばれたシズエの供述だけで、事件の様子を読者に理解させようという試み。シズエがしゃべるだけで、事件の進行をわからせる。表現に制約を加えて、そこをいかに工夫するか、という文章技術に挑戦した意欲的な作品。

【「月蝕」有森信二】
 市役所に勤めながら大学の2部に通う若い男の「私」の生活の仕事と大学での学生運動をめぐる生活を描く。全共闘に関していろいろな受け取り方をする人たちがいるものだ。そこに内面な苦悩をする佐々木という男の破滅的な男を象徴として登場させて描く。
 (紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:海(第二期)

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