【「秋の陽は林檎のかおり」石原惠子】
瑠璃子は修(しゅう)とふたり暮らし。修には前妻との間にもうすぐ18歳になる子どもがいる。瑠璃子の夢に学生時代つき合っていた哲(さとる)が現れるようになる。夢の舞台は当時いっしょに暮らしていたアパートで、だんだんと夢と現実の境が曖昧になる。夢の内容を修に話す様も、嫌がるふうでもなく聞いている修も、不自然さはなく穏やかな時間が流れている。その場の空気を描き出す、細部まで行き届いた表現も好ましい。瑠璃子の中に流れている、ふたりの男の気配が濃厚に感じられる。心地よくって、ちょっと怖い作品でした。
【「流れる川」河井友大】
近未来なのだろうか。環境汚染が進んだスラムのような町が舞台。人びとの生活は汚れた川の水で成り立っている。屋台で出す料理は川の水の油臭さを消すために濃い味付けになり、どんどんエスカレートしてゆく。健康被害も出ているが、人びとは川から離れられない。気づかないうちに引き返せない地点までエスカレートした生活や水を懐かしむ気持ちなど、こちらの無意識の奥を揺さぶられたような感じがした。希望のない世界だけど、読後感がいい。イミカとK君も内面を説明的に書き連ねるのではなく、描写でくっきりと描き出している。
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