2009年11月アーカイブ

11月04日 (日)付、「文芸同志会通信」より転載いたします。

(1)
 表紙にアイルランドの聖パトリックデーの広場風景写真(撮影:瀬山響)があり、「祭り」小説集となっている。良い写真である。発行人の秋田しんのすけ氏には、5月の文学フリマで文芸同志会のブースに寄っていただいたのに、席に居ずに失礼をしてしまいました。おそらく設営のし残しをしていた時であろうと思う。罪滅ぼしに、我が会員の作品に接するのと同じ視線で読んでみます。

【「夜明けの花」瀬山響】
 我が事務所の「響ルーム」と似た名前の作者である。同名のよしみもありそうだ。作品は、煙草をはじめて吸うという体験から哲学的な思弁が転がり出る。出だし1ページ半が彼という、距離をとった始まりをしている。そこから行をあけて、「俺」の語りになり「俺」の視点のまま終わる。
 短編で、視点を変えるのも新手なのだろうか。彼という視点のはじまりなのに、窓の外の音が「流れてくる」という表現。すでに「私」の視点の表現になっていて、あとから「彼」となる。自分の法則では、ここは「流れていた」とするが、これも新手法か。そのほか、自分の視点では、佐伯という人物との会話、最後の夏椿の扱いに、詩的で非小説手法がいくつかあり、これは叙事詩として読んだ。

【「だんじり捕り物帳」あきらつかさ】
 コミックのシナリオ的で、ビジュアルで雰囲気を補強すると表現に味がでるような感じ。
先日、蒲田のPiOによったら、コミックの「ぷにケット」と「ラブ・インクリメント」とかいうイベントをやっていて、大勢集まっていた。こうした賑わいなら、「文学フリマ」の組は、このようなスタイルの小説で、コミックの原作提供でタイアップするのも良いのでは、とおもった。しかし、二次創作だと原作不要でもあるらしい。

【「喪中神輿」秋田しんのすけ】
 これは文字通り「祭り」を題材にした日記風の話。祭りの神輿担ぎの間に、親族の不幸が起きる話。この書き方では、事情がわかるものの小説の要素である灰汁が抜けてしまっている感じ。

【「テミドールの夏休み」小林圭介】
 フランス革命当時の血なまぐさい時代を書いた歴史小説。想像力による雰囲気が出ていて、わかりやすい。最後の意識の空白が、ページの空白になっているのも、ゲーム参加したような気分でなるほどと思った。

カテゴリー:文芸同人 長崎の会

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