2009年10月アーカイブ

10月29日 (日)付、「文芸同志会通信」より転載いたします。

 30人近い参加者の作品が掲載され、カラー表紙絵、中にはカラー記録写真(江成常雄「ガナルガダルの『故郷』の歌」)もある。多くは目を通せないので、目についたものだけを紹介する。

【「断食道場」宮本筆】
 断食で病気を治す道場に行った経験談のようだ。断食体験の光景がドキュメンタリー的な面白さを持つ。

【「文豪の遺言」(四)木内是壽】
 松本清張、林芙美子、島崎藤村、火野葦平の遺言から、作家の人生感、死生観が解説されている。調べるのは大変そうだが、どれも大変面白かった。

【「輝く青春の日々―手記―」外狩雅巳】
 目次では小説となっているが、固有名詞や仕事の内容の詳細なところから、ほとんど事実に即しているように思える。1942年生まれで、私と同年である。夜間大学に通っているところや労働運動に参加し、大学では全共闘時代を過ごしたのも同様である。ただ、私は資本論と革命を研究したが、学生運動には参加しなかった。それでも研究をしているというので、いろいろと巻き込まれた。そのため面白く読んだ。
 ここにもレーニンやトロツキー、第四インター、核マル派などの活動に巻き込まれている様子がある。自分は彼らの理論が理解できずに(頭のいい連中なのに、行動原理がめちゃくちゃでついていけなかった)。少数グループで革命論を研究していた。同時に昼間の仕事でダイエーなどの流通革命の激変にかかわっていたので、デモに関与することよりも現実に関与せざるを得なかった。作品中で、ゲームのセガ社の話が出ている。自分はジュークボックスのセガ・エンタープライズの時代に、ジュークボックスの市場調査でマネージャーと会った記憶がある。調査では衰退すると結論したが、やはりなくなった。
 いずれにしても、高度経済成長期だからこその輝く青春の日々。現在の状況の厳しさとは、比較にならない。

【「ねこ語」/「まんびき」はまむらひろぞ】
 ショート・ショートが2作。「ねこ語」は、洒落ていて面白い。「まんびき」は書店の本を万引きする話だが、その本が、椎名麟三「赤い孤独者」、梅崎春生「日の果て」、武田泰淳「風媒花」、鶴田知也「コシャマイン記」、カミユ「異邦人」、サルトル「嘔吐」。そして万引きしたのは、太陽のせいだとする。時代離れしてはいるが、考えさせる。
事務局=相模原市相生2?6?15、外狩方。 「相模文芸クラブ」サイト
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:相模文芸

10月28日 (水)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

(1)
【「オールドローズガーデンB&B」西澤しのぶ】
 大変印象の深い小説であった。云うに言えない味わいがある。舞台は英国であるが、そこに登場する人たちは、ドイツ語の翻訳家、ドイツ出身のウイルヘルムが主人公、彼のなき妻が英国人、出入りする家政婦は、モロッコ系である。ウイルムヘルムが妻の亡き後、庭のバラ園を放置しておいたが、そこへ日本人が幾日かのホームステイを依頼してくる。妻がかつてしていたB&Bの活動の影響である。
 ウイルヘルムは事情を知らずに、年配の日本人夫妻を泊める。
 すると、夫妻がこの地で、かつて渡英していた娘を殺害され、その犯人が刑務者を出所するので、彼を赦す気持になったことを伝えに来たのだった。ところが犯人は、父親を日本兵殺されていてそれを赦すという。また、ウルヘルムも戦争で、敵を殺していた。
 まず、英国の風土と、日本人への敵意など、そこに住む外国人のキャラクターが自然に描かれている。クリスチャン精神に満ちた人物像が、そこによく融合されている。作者は、おそらく英国での暮らしが長く、信者であろうと推察される。ここに描かれた罪と罰、赦しの問題も理屈的には深みがないが、小説のなかではそれを身にしみるように表現。創作的ではあるが、これが小説でなければならない必然性を感じさせる。とにかく文学表現力で良質な小説である。

【「溶けてゆく街」蒲生一三】
 技術的に老練な手腕の作品。阪神大震災を経験した高齢者の、日々を生きる様子とその死を描く。かつて古山高麗男という作家が、私小説風な「私的」日常から物語を飛躍させる手法を用いていた。なんとなく、その作風をイメージさせる。震災以来、人が消えて町が溶ける。自在な筆致が、物悲しいような、庶民のあわれな味わいを深くしている。

【「花疲れ」濱中禧行】
 若き時代に、遊び心で交際のあった女性が知らぬ間にわが子を産み、成長していた話。書く楽しみと読む楽しみが半々の読み物のようだ。
 発行所=〒477-0032愛知県東海市加木屋町泡池11?318、文芸中部の会。
            (紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:文芸中部

10月11日 (日)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

(1)
 【「泣きじゃくる声」松岡博】
 昭和30年頃、小学生の時に、仲間と外でいたずらをして、みんなで叱られた時に、先生に迎合して、期待に答える返事をしてしまったのが話のはじまり。いたずらをしたと教師が思っているのが堂前で、教師が「堂前の姿を見たか?」と訊かれて、その場の雰囲気で「見ました」と「私」は答えてしまう。実際は見ていない。堂前は「やっていません、やっていません」と泣きじゃくる。そのことが、「私」の記憶から消せない。
 そして、後年40歳代になって、偶然、彼の家の存在を知るが、じぶんから訪ねることは
しないでいる。すると、いつのまにか、彼の家の表札が別人のものになっている。60歳になってから、同窓会の集まりで堂前がなくなっていることをしらされる。「私」には「やっていません」という彼の泣きじゃくる声が消えることがない。このように、簡単に話が紹介でるほど、すっきりまとまった作品。曖昧さを生かして、よく小説にしたという感じ。エッセイ的な手法を活かしながら、ストリーテラーの手腕が出ている。

【「いざない」松本順子】
 警察小説の作家のところに、若い妖艶な既婚女性が訪ねてくる。作家の妻は、それを不吉に感じる。作家の作中人物が夢に出てきて、彼女はその男と交わるのだという。その後、妻の予感は当たり、作家はその女性に取りつかれ死んでしまう。中世の古典にある怪談「」の現代版である。日本の文学的な伝統の浸透の深さを感じさせる。みやびさよりも主婦感覚の話の手順や細部が何となく面白い。

【「ジープ その想念」谷澤弘昭】
 戦後、しばらくしてから朝鮮戦争がはじまり、日本は経済的な復活のきっかけとなった。その時代、まだ米兵を相手に若い日本人女性が商売をする光景があった。占領された日本の屈辱的な立場を象徴しているが、時代の空気はそれを忘れようとしている。主人公の笹澤は、少年時代に米兵と日本人女性が神社裏で性行為をする姿を目撃する。
 その光景をトラウマとして、バイクでツーリングをしながら回想する。単なる回想に終わらせないように、ツーリングの過程を描くことには成功している。目撃した風景の記憶と現在形で存在する女性が並列的な想念として意識にのぼるところが、連結力が薄いのが惜しいといえば惜しいが、バイクツーリングを面白く読ませられた。
発行所=〒480?1131愛知郡長久手長湫上井堀82?1、渡辺方。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

カテゴリー:R&W

「弧帆」第15号(小金井市)

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10月3日 (土)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「大人になるってどういうこと?」塚田遼】
 30歳の僕に、15歳の頃の自分が幻影となって現れ、過去の出来事について問いかけをしてくる。当時、仲間で示し合わせて家出をし、女友達を交えて、山小屋でキャンプ生活をする。そこで安藤という親しい仲間の一人が、滑落事故死する。死んだ仲間の命日のために再度その現場に行こうという誘いを受けて参加する。そうして、生きることの意味付けの青春時代と30代のすこしばかりの相違を表現しているように見える。平たく言えば、人生に大げさに向き合っていた時代と現代の成り行きに流される生き方から感慨が素材になっている。独自の感性で文学的なトーンを維持しているため、形式的には安定し、抒情的な余韻がある。出だしもなんだろうと思わせよいのでは。
 内容的には、死んでしまう安藤が「人間は人生の無意味性を何も考えないために、酒を飲んだり騒いだりするのだ」という、パスカルの「人生慰戯論」を述べる。これは若い知識としての発想で、ニヒリズムと積極的意義の中立点を示す。それから15年を経て、その視点から主人公がどれほど離れたところにいるのか、問いかけに対し、思考のアップダウンがない。近代小説の範囲で、ゆらぎがない。ここまで書けるのなら、なぜ「現代の小説」にもっていかないのかなと、思わせる。

【「夜、コンビニの前、雨」淘山竜子】
 佳織は会社の営業社員で、真一という男から結婚を申し入れられている。真一は特に好きではないようだが、積極的な働きかけに交際をするが、お互いの感性の違いに、やはり破局をしてしまう。佳織自身、自分の性格に負い目を見ており、自ら破局へ持ち込んだような部分に悲しみを感じるお話。このところ、この作者の作品は、閉塞的な状況のみを表現するのに凝っていて、自分には意図がわからない作風であった。だが、今回は現代の女性の生きる上での問題意識がキャラクターとして定着されており、自意識と対人関係に格闘する女性の大変さが表現されている。

【「返却」北村順子】
 「私」の日常的生活範囲の出来事が、淡々とかなり丁寧に語られている。しかし、私が誰で何を考えているかは語られない。自分を語らないで何かを表現する一つのパーターンか、それとも意図があるのかわからない。

【「吠える」奥端秀彰】
 本誌のなかでもっとも小説らしい小説。出だしが良い。ある家のエレベーターのメンテナンスに出入りする男が、その家の夫人や一家の飼っている犬の近所迷惑な行為に、腹を立て私的な罰を加えようと企てる。そういうことを考える男の異常さと、悪質な新聞勧誘員の跋扈する異常な町。ところが罰を与えようとした家の夫人は狂気に染まっており、自宅に放火して自ら家庭を崩壊させてしまう。日常的な感情が少しずつずれていって、狂気の境目に入る様子が、うまく表現され、現代人の閉塞性を象徴的に描いている。
《紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一》

カテゴリー:孤帆

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