2009年7月アーカイブ

7月18日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「螺旋階段」有森信二】
 語り手である高木の友人で、市会議員をしている佐伯が、愛人のマンションの5階から転落する事故から話が始まる。当初はそれが致命傷で、社会的な再起は困難と思わせるものであった。しかし、意外にも彼は奇跡的に元通りの身体に回復し、活動をはじめる。佐伯は、愛人問題のほかに、選挙違反に手を染めている噂もある。
 高木とその友人仲間は、彼の転落事故が、そうした問題から周囲の目をそらすために、計算づくで転落事故を起こしたのではないかと疑いはじめる。
 男同士の友情と不信をお互いにプライバシーに踏み込めない微妙な関係をミステリー仕立てで描く。曖昧さを含んだ描き方で、人間関係の内にある曖昧さと、危うさを描いている。

【「うたかた」北里美和子】
 教師をしている岡島は、弟の起業する資金調達をするために保証人になる。それは岡島が長男であるのに、親の面倒を弟に任せている後ろめたさが一因であった。
 そこから、岡島がこれまで持家をもたずに借家暮らしを通し、教育の仕事に全力を注いできたこと。それに対し、妻の鈴子は持ち家でないことに不満を持ち、家を買って欲しいと思っており、夫を住宅展示場に向かわせる。
 そこで、岡島の万物流転的発想の無常観をもつ性格であることが描かれる。この固定資産を持とうとしないところは大変面白い。ただの損と得の問題でなく人間のらしさの発露として描けばよい純文学作品になる。それを逸している。
 やがて、弟が事業に失敗し、行方不明になる。保証人となった岡島は退職金を失うことになるので、妻に離婚をすすめ、せめて妻の取り分だけでも確保してあげようとする。妻は、自分たち夫婦の関係はなんであったのか、と反対する。
 細部のもっともらしさに不足があるのが欠点。読みやすい物語を書く力はある。が、問題は小説になるところと、小説にむいていない書きどころが混在しているところにあるようだ。
 タイトルの「うたかた」というところからすると、作者は人生の無常なところを軸にしているようだ。無常観をもった男を詳しく哲学的な思弁をいれて描くところは、危ういところで、ようやく小説になっている。普通はここはカットするようなところ。しかし、表現の神は細部に宿るというところもあり、作者の可能性を感じさせる。岡島が弟の保証人になったところを書いたら、結果は予想がつく。それでも書き込んで読ませるところがあれば純文学になる。保証人になって、ピンチになるが思わぬ出来事で、無事にめでたしめでたしになるなら娯楽小説である。これはどちらでもない出来上がり。

【「氷海の航跡」牧原泉】
 エッセイ風でもあるような自由なタッチで、オフィスレディの眼をとおした日本人と韓国人の関係を題材にして書いている。世代の変化によって日韓相互の意識が変化していくのか、ある時期のその意識を表現している。

【「桜」笹原由里】
 江戸時代末期の大奥の世界にいる和光院という女性の身の上と心情を小説化したもの。現実離れしたところがあるが、そうなのかもしれない、と思わせるような、柔らかな表現力で和光院の視点からの物語にしている。

カテゴリー:海(第二期)

「雑木林」第12号(枚方市)

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7月9日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

 エッセイを主体とした同人誌なのであろうか。事務局の「あとがき」では、前号の11号は、逝去した北川荘平講師の追悼号で、今回は尾田玲子会員の追悼号となったとある。現在7人の会員が毎月の例会に参加し、文章を書くことの意味をさぐっているという。本誌は年に1回発行しいているもの。
【「デスマスク」三木祥子】
 96歳の姑が老人療養型病院に入院している。三年前から入所したが、間もなく認知症になり今は個室で意識混濁の状態である。その姑のわがままさに嫁として仕えてきた日々の思い出が語られる。そのなかで亡くなった姑のデスマスクを描く。
 姑の理不尽な行為と、我が侭な言い分に苦しめられ、心を傷つけられて暮らしてきたものでないと、書くことのできないさまざまな細かいエピソードが真実性をもって語られる。
 その意味では、これから姑をもつ立場や、同じ経験をされてきた女性には、女性が、母親から姑になるという現象のある標準的な姿を知ることが出来、非常に役に立つ参考書になっている。
 筆者はこの介護における姑の身勝手さのためにうつ状態にもなったようだが、ここでは、夫が良識人で冷静に嫁と姑の関係を理解し、妻に対する心使いがあり、さらに経済的な余裕が感じられる。世間一般の嫁さんから「まだまだ、私のほうがひどい目にあった............」という声も出るかもしれない。
 同時に、かつては息子を良識人に育て上げた姑が、もとから特別に意地悪な人間性をもっていたわけでなく、普通の母親から嫁に向けて、傍若無人なイジワル婆さんに化けてしまった様子が読みとれる。
 それにしても、通常はなかなかこのような話は、感情的になって冷静に記録できないものだが、介護生活のストレスのそのトラウマをよく克服して、冷静に記録することをしたものだ、と感心する。
 書くという行為が、自分の感情にとらわれた心境と一定の距離をとり、他人の視点を持つことによる自己客観化の効果を生むようだ。自ら精神を鎮魂させる効果があるのではないか推察される。

【「生き物にご用心」安芸宏子】
 大阪から茨城の神川という町の義妹の家を訪問する話。自分の母親の実家がやはり茨城なので、読んでいて、なんとなく地域の風土が感じられる。茨城には関東平野の中のあらゆる農作物の栽培が可能な豊穣な土地柄の鷹揚な部分と、地域の情報伝達網が独特の発達をし、隣町のことでも手に取るように把握するという明治時代以来の独自の風土性がある。書いてあることからは、そうした風土の匂いが漂うが、書いた本人にはまったくそのようなことに関心がなく、ただ羅列的に書きまくっている状態が面白い。もっと、身近なありふれた出来事をこの作者が思うように書くと、おのずと個性的な読み物になるのでないかという、天性の持ち味を感じさせる。

カテゴリー:雑木林

「安藝文学」77号(広島市)

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7月7日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。

【「原爆・おぼえ書」文沢隆一】
 アメリカの投下した広島への原爆がウラン型で、長崎に投下したのはウラン型であることなど、原爆の製造法とその威力について、くわしく解説している。これによって、米国が日本人を対象に核爆発の威力の人体実験を行ったことが、明確に示されている。
 同時に、米国は日本軍の真珠湾攻撃を、日本への原爆投下の免罪符としていることについて、民衆への計画的な無差別虐殺とは、意味がまったく異なり、米国の原爆投下が国際条約違反であることを示唆している。
 こうしたアメリカの意識は、イラク戦争における劣化ウラン弾使用の、民衆への無差別虐殺攻撃によって、国際条約違反がいまだに続いていることを強く思い起こさせる。こうした事実を、幾度でも繰り返し記録するというのは、同人誌の果たす有意義な使命であろう。

 世界の話し合いを提唱するオバマ政権で、米国は軍事予算を4%増やしている。口では平和を説いていても、経済構造が戦争を必要とする構成になっている。どこかに敵対する国をもっていないと、不安なのである。彼らにとって、イランと和解することなど、とんでもない話である。その言動は偽善に満ちたものにならざるを得ない。戦争に使う爆弾は消費だけが約束されるもの。作りすぎても、また戦争をすれば、そこに消費が約束されている。経済活動の麻薬中毒のようなものである。10年以内にアメリカはどこかで戦争を始める可能性をもつ。そうしないと軍需関係の会社は倒産し、多くの人が職を失うからである。現在でも失業者は軍の志願兵となって収入を得ている。国費を爆弾で消費するのでるから、増税が必要で、その後は大不況がくる。ベトナム戦争の後、日本のバブル経済が、NYのビルを買収するまで、経済は疲弊した。わかっていても、イラク戦争後の不況に苦しむ米国民の誰が戦争に反対するというのだろうか。

【「はたちの茎立ち記」梶川洋一郎】
 定年を控えて、その前に地域の警察署の署長に就任し、そこでの警察署の日常の出来事が詳しく描かれている。キャリア組でない警察署の署長の視点を通して、その内部事情が具体的なのが面白い。「一灯照隅」という高邁な理想と現実の狭間を指揮する署長の奮闘ぶりを描く。地域貢献に力をいれるまじめなノンキャリア公務員の姿を通して、警察の仕組みの問題点も、作者の意図とは別に理解できる。貴重な報告でもある。

カテゴリー:安藝文学

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