7月18日 (火)付、「文芸同志会通信」http://bungei.cocolog-nifty.com/より転載いたします。
【「螺旋階段」有森信二】
語り手である高木の友人で、市会議員をしている佐伯が、愛人のマンションの5階から転落する事故から話が始まる。当初はそれが致命傷で、社会的な再起は困難と思わせるものであった。しかし、意外にも彼は奇跡的に元通りの身体に回復し、活動をはじめる。佐伯は、愛人問題のほかに、選挙違反に手を染めている噂もある。
高木とその友人仲間は、彼の転落事故が、そうした問題から周囲の目をそらすために、計算づくで転落事故を起こしたのではないかと疑いはじめる。
男同士の友情と不信をお互いにプライバシーに踏み込めない微妙な関係をミステリー仕立てで描く。曖昧さを含んだ描き方で、人間関係の内にある曖昧さと、危うさを描いている。
【「うたかた」北里美和子】
教師をしている岡島は、弟の起業する資金調達をするために保証人になる。それは岡島が長男であるのに、親の面倒を弟に任せている後ろめたさが一因であった。
そこから、岡島がこれまで持家をもたずに借家暮らしを通し、教育の仕事に全力を注いできたこと。それに対し、妻の鈴子は持ち家でないことに不満を持ち、家を買って欲しいと思っており、夫を住宅展示場に向かわせる。
そこで、岡島の万物流転的発想の無常観をもつ性格であることが描かれる。この固定資産を持とうとしないところは大変面白い。ただの損と得の問題でなく人間のらしさの発露として描けばよい純文学作品になる。それを逸している。
やがて、弟が事業に失敗し、行方不明になる。保証人となった岡島は退職金を失うことになるので、妻に離婚をすすめ、せめて妻の取り分だけでも確保してあげようとする。妻は、自分たち夫婦の関係はなんであったのか、と反対する。
細部のもっともらしさに不足があるのが欠点。読みやすい物語を書く力はある。が、問題は小説になるところと、小説にむいていない書きどころが混在しているところにあるようだ。
タイトルの「うたかた」というところからすると、作者は人生の無常なところを軸にしているようだ。無常観をもった男を詳しく哲学的な思弁をいれて描くところは、危ういところで、ようやく小説になっている。普通はここはカットするようなところ。しかし、表現の神は細部に宿るというところもあり、作者の可能性を感じさせる。岡島が弟の保証人になったところを書いたら、結果は予想がつく。それでも書き込んで読ませるところがあれば純文学になる。保証人になって、ピンチになるが思わぬ出来事で、無事にめでたしめでたしになるなら娯楽小説である。これはどちらでもない出来上がり。
【「氷海の航跡」牧原泉】
エッセイ風でもあるような自由なタッチで、オフィスレディの眼をとおした日本人と韓国人の関係を題材にして書いている。世代の変化によって日韓相互の意識が変化していくのか、ある時期のその意識を表現している。
【「桜」笹原由里】
江戸時代末期の大奥の世界にいる和光院という女性の身の上と心情を小説化したもの。現実離れしたところがあるが、そうなのかもしれない、と思わせるような、柔らかな表現力で和光院の視点からの物語にしている。
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